日本 中国 東アジア

























720




























































730



































































760
717
泰澄、加賀に自生山岩屋寺を開く(現那谷寺)
717
泰澄、白山神の夢告により白山に登拝
718
養老律令制定
718
行基の活動への弾圧がはじまる

行基菩薩像
718
道慈、帰国し『金光明最勝王経』伝来(虚空蔵求聞持法を伝える)
718
沙門逸海、武蔵岩殿に正法庵を結び修行(現正法寺、岩殿観音)
719
藤原武智麻呂、栄山寺(梅室院)建立(八角円堂現存)
720
舎人親王『日本書紀』を奏上
720
道智上人、城崎の温泉寺を創建すると伝える
722
泰澄、元明天皇のために正法寺(岩間寺)の千手観音を祈祷
723
光明皇后、施薬院・悲田院を設ける
723
沙弥満誓、、筑紫観世音寺を創建
724
徳道上人、仏師稽首勲・稽文会に十一面観音像を彫らせる(長谷寺となる)
724
行基、竹生島宝厳寺を開創
728
伊予国司越智氏、石手寺を創建するという
728
『金光明最勝王経』(640巻)を諸国に頒ける
729
長屋王の変おこる
729
宮中、諸国の大寺に『仁王経』を講じる(仁王会の開始)
729
異端幻術による厭魅呪詛、山林仏教を禁じる
729
道慈、平城京に長安西明寺を模して大安寺を遷造(同年9月、大般若会を創始)
730
このころ、行基、獅子窟寺に薬師如来を造像し堂塔を建造するという
732
このころから、優婆塞の修行に『仏頂尊勝陀羅尼』の誦唱
733
良弁、金鍾寺(東大寺)の住持となり不空羂索観音をまつる
734
良弁、十一面観音を祀り、観音寺を創設(現海住山寺)
736
唐僧道璿、インド僧菩提遷那、ヴェトナム僧仏哲ら来日(華厳の典籍をもたらす)
737
善仲・善算、大般若経600巻書写のため箕面に草庵を結ぶ(勝尾寺へ)
738
玄昉帰国、経論五千巻、『大日経』を招来(僧正となり内道場に入る)
738
玄昉、大和の清水寺を創建(報恩上人、弟子となる)
739
聖武天皇、玄昉の病気平癒に『仏頂尊勝陀羅尼』を書写
740
聖武天皇、河内の知識寺を訪れ盧舎那仏を拝す
740
法蔵の弟子・新羅僧審祥、金鍾寺(東大寺)に初めて『華厳経』を講義
741
玄昉、『千手千眼陀羅尼経』書写
742
最澄の師、大安寺の行表、近江崇福寺に住し、千手観音を造像
743
聖武天皇、盧舎那仏造立の詔を発す(信楽宮に寺地を開く)
743
行基を大僧正とし、盧舎那仏造立に参加させる
745
盧舎那仏造立地を金光明寺(金鐘寺(東大寺))に移す
745
玄昉、太宰府の観世音寺に流され変死する
749
宮中に紫微中台を置く
749
宇佐の八幡大神、託宣して入京
752
聖武天皇、東大寺の盧舎那仏(大仏)開眼
752
良弁の弟子実忠、東大寺二月堂に十一面観音を安置し修二会を創始
754
鑑真、遣唐副使大伴古麻呂・吉備真備の船で来朝
755
東大寺戒壇院完成(受戒開始)

東大寺盧舎那仏
755
勝道、下野国出流山の巌窟に参篭(現満願寺奥院)
755
良弁、相模国雨降山大山寺を開くという
756
菩提遷那・行基、大和の霊山寺を開く
757
橘奈良麻呂の乱
758
このころ、大伴家持『万葉集』を編集
758
大宰府に命じ乱賊の侵入に備える(翌年、新羅征討の議)
759
大宰府に新羅征討軍の編成(諸国に船500艘の建造を命令)
759
鑑真、唐招堤寺を建立
760
玄昉の弟子・報恩、大和子島寺(南清水寺)を開創
760
このころ、善珠書写『薬師本願経』
761
勝道、日光二荒大谷川を渡り、四本龍寺を創建
761
淳仁天皇、近江保良宮に御幸(新羅遠征の兵船・兵士を検定し兵部をつくる)
762
藤原豊成の娘・中将姫、当麻寺に参詣(法明尼となり、[当麻曼荼羅】を織る)
762
石山寺の諸堂完成(良弁が如意輪観音を奉じて開基)
764
恵美押勝の乱、道鏡が大臣禅師となる
764
淳仁天皇を淡路に流し、孝謙上皇復位(称徳天皇)
765
このころ、法均尼(和気清麿の姉)、流亡した児童を養育(仏教保育の祖)
766
吉傭由利書写『大毘盧遮那成仏神変加持経』(『大日経』)
766
和気道隆、桑樹の薬師如来を本尊に道隆寺を創建するという
767
称徳天皇勅願の『華厳経』などの大蔵経成る
769
法主道鏡に百官拝賀(和気清麿、日嗣は皇緒という宇佐八幡託宣を伝え配流)
770
十大寺に百万塔陀羅尼を納入(現存する世界最古の印刷物)

百万塔
770
道鏡を下野薬師寺に移し、和気清麿を召還
770
大伴孔子古、千手観音菩薩を造立(粉河寺となる)
770
光仁天皇即位、僧侶の山林修行を許す
772
皇后井上内親王・皇太子他戸王、巫蠱の罪で廃位(775.4.7、獄死)
773
山部皇子(後の桓武天皇)、皇太子となる
716
善無畏、ナーランダー寺院より長安に来たり、大日経系密教を伝える(玄宗皇帝、国師に迎える)
717
善無畏、西明寺に『虚空蔵求聞持法』を訳出
717
阿倍仲麿、吉備真備、玄昉入唐
719
慧日、浄土の教えをえて長安に帰還(念仏禅の基礎を築く)
720
李邕書「李思訓碑」(西安)
720
金剛智・不空、洛陽広福寺に入り、金剛頂系密教伝える
720
善無畏・一行、『大毘盧遮那成仏神変加持経』(大日経)『蘇悉地経』を翻訳
720
一行、金剛智に師事
721
一行『大衍暦』(52巻)
723
金剛智『金剛瑜伽中略出念誦経』『七倶胝陀羅尼経』翻訳
727
恵超、インドより安西大都護府に帰還、『往天竺国伝』を著す
728
一行、暦天黄道儀を製作
733
恵超、金剛智より秘密の三摩地法教を授かる
734
玄宗皇帝『注金剛経』つくる(翌年、全国に配布)

玄宗皇帝
738
七絶の王昌齢、孟浩然と交遊(空海、『王昌齢詩格』を請来)
740
このころ、画家呉道元活躍
742
慧日の弟子・承遠、衡山に精舎阿弥陀台を建立し念仏三昧を修す
743
李白、長安に賀智章らと飲中八仙の楽をなす
743
不空、弟子の含光・恵弁らとスリランカに向う
744
東突厥滅び、ウイグルおこる
745
玄宗書 [石台孝経](隷書)
745
荷沢神会『顕宗記』(南宗禅の正統性を主張)
746
不空、長安に帰還(多数のな梵本経典を持ち帰る)
746
不空、長安浄影寺に戒壇を築く
749
不空、再び入竺をめざすが果たさず、韶州に訳経を続ける
751
高仙芝、タラス河にサラセン軍と戦い敗北
751
新羅の金大城、仏国寺創建(釈迦塔に『無垢浄光大陀羅尼経』を納入)
752
顔真卿「千福寺多宝塔碑」
753
不空『金剛頂経』(3巻)訳出
754
安史の乱おこる(~763)
755
恵果、九才で不空の弟子となる
756
平原太守・顔真卿、檄文を発して義軍を挙げる
756
安禄山、大燕皇帝を称し洛陽に都す
756
不空、諸国行脚して長安大興善寺に住す(唐朝復興につくす)
756
唐帝室、蜀に逃れる(玄宗退位し粛宗即位)
757
安禄山軍崩壊、玄宗・粛宗、長安に帰還
757
不空の弟子玄皎、粛宗とともに入京(開元寺に薬師道場を置く)
757
不空、上表して長安・洛陽の回復を祝す
758
顔真卿「祭姪文稿」
758
不空の弟子恵暁、西明寺に入り密教を広める
759
杜甫、官を棄て成都の浣花渓寺に寓居
759
不空『宿曜経』を訳す
759
不空、帝室内道場に護摩・灌頂法修す(玄宗、灌頂を受ける)
759
史思明、幽州に大燕皇帝を称す
762
安史の乱平定(翌年、玄宗・粛宗没し、代宗即位)
764
顔真卿書「争坐位帖」
765
不空『仁王経』を訳出
768
不空、大興善寺に灌頂道場を建立
768
恵果、善無畏の弟子・玄超より大日経系密教を受ける
769
馬祖道一、洪州開元寺に禅風を振るう
769
不空、『大虚空蔵菩薩所聞経』を訳出
770
永忠、入唐し西明寺に入る
771
不空、開元以来の訳経77部101巻の目録作成
772
李陽冰書[般若台題記]
773
恵超、不空より重ねて受法
773
新羅僧悟空、クチャの蓮華寺に『十力経』訳出
773
顔真卿、湖州刺史となり、陸羽・釈皎然らと交遊
773
不空、文殊院に『文殊師利功徳荘厳経』の宣布を請う
717
金剛智、スリランカからジャワに至る
719
新羅僧・恵超、金剛智に師事しインドに向う
729
クラシュミンカラー、金剛乗を変革しサハジャ乗を確立
745
不空、セイロンで龍智より金剛頂経系の密法を受ける
750
マガダ地方にパーラ朝成立(仏教再興)
750
このころ、ビルマに大乗仏教伝来
750
このころ、ジャワにボロブドゥール建設開始(~850)

ボロブドゥール遺跡
758
般若三蔵、ナーランダー寺院に大乗経論を学ぶ
760
吐蕃王チソンデツェン、大乗仏教導入を決意
760
このころ、パーラ朝初代ゴーパーラ王、オータンブリー寺創建(タントラ密教の根本道場となる)
764
新羅僧悟空、仏跡を巡礼してナーランダー寺院に入る
771
インド僧シャーンタラクシタ、チベットにボン教を論破
773
インド僧パドマサンバヴァ、チベットに密教を伝える
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