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世界聖地八十八ヶ所巡礼

高橋憲吾(広島市、密教21フォーラム賛助会員


9世紀初頭、密教が中国(唐)から来た渡来僧によって日本に伝えられましたが、それはまだ完全なものではありませんでした。体系化された密教は、今から1200年前に、密教や梵語(インドの古典語「サンスクリット」)の修得のために中国(唐の都・長安)に留学した空海という異能の僧によって日本に初めて伝えられました。空海は帰国後、密教をベースにした独自の思想を広めるため真言宗を開きました。そしてのちに弘法大師と尊称され、日本人の信仰の対象になりました。彼の教えは多くの人々に受け継がれ、彼は人々の精神の中に今なお生きていると信じられています。

その象徴的な事例をひとつご紹介します。日本列島には四つの大きな島があります。四国はその一つです。弘法大師・空海はここで生まれました。そこに八十八ヵ所の神聖な場所をつなぐ巡礼ルートを開きました。それぞれの神聖な場所には神社や仏閣が建立され、そしてご神体や仏尊が祀られました。この神仏二つの平和共存こそが空海密教の特性であります。

そののち、それらは四国八十八ヵ所霊場と呼ばれるようになり、人々は弘法大師の御名(ご宝号「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」)を念じながら1400キロメートルの険しい道のりを歩きはじめました。近代文明の発達した現代においてもなお、四国八十八ヵ所霊場順拝は続いています。このように、弘法大師の教えは日本的な装いをしながら人々の生活や生き方に溶け込み、潜在的に日本人の心の中で受け継がれてきました。

ところで、この日本型「巡礼」の特徴は、宗教や宗派の違いをまったく問わないことです。従ってクリスチャンも巡拝しています。もちろん霊場を巡礼する動機や内容はさまざまです。しかし、この場合に最も大切なことは、教義や信仰の違いを超えて「同じ聖地で、共に祈る」という彼らの宗教的行為であり、そこには異教徒に対する偏見や憎悪がないということであります。四国八十八ヵ所霊場は、その意味で世界の平和と人類の共存のために「寛容と平和」というメッセージを発信できる密教的精神に満ちた世界遺産であります。

ご存知のとおり「広島」は人類初の原子爆弾の犠牲になりました。原爆犠牲者を記憶にとどめるために建てられた慰霊碑の前で人々が祈りを捧げるとき、異教徒が対立するでしょうか。共に平和を祈る行為を拒否するでしょうか。「アウシュビッツ」でも同じことです。「同じ聖地で、同じように祈る」とはそういう意味です。

「祈り」は、正しく行われなければ人間を破滅へと導きます。人間の歴史は、祈りによってサタンを呼び出してきました。そして、邪悪なカルマ(業)を累積してきたという一面があります。宗教戦争の歴史がそれを表しています。異教徒たちは、自己中心的不寛容さの故に他者や敵対者のために祈ることはしません。言い換えれば、これまでの政治体制やイデオロギーと同様に、おの(己)が共同体の統一原理としてきました。彼らは宗教を長い間人間のエゴのために利用してきたのです。今日の宗教対立や民族紛争や国家間の対立の根本にはそれがあります。このままでは報復が報復を繰り返し、憎しみが憎しみを連鎖させていきます。人は死んでも強い憎しみは残存想念(残存エネルギー)となり、そこに憎悪のフィールドを形成します。邪悪な想念はやがて悪因の温床となり、邪悪なカルマ(業)を生み出します。さらに人々に影響を与え、子孫に伝播し、輪廻転生をくりかえしながら、結局は人類そのものを破滅へと導きます。とすれば、私たちが祈りの中でなす最も大切なことは、邪悪な想念の浄化でありましょう。そして、お互いがお互いの幸福のために祈ることです。同時に、それは清浄なる想念の蓄積となりましょう。そのためにこそ、世界平和と人類共存のために共に祈りを捧げるための「聖地」を設立することが必要です。

以上のコンセプトのもとに、四国八十八ヵ所霊場の特長を参考にしながら、以下に考えを述べさせていただきます。

 

<世界聖地八十八ヵ所巡礼地創設 草案>

  1. 世界に多く見られる聖地巡礼のルートは[往還型]であり、スタート地点とゴール地点とは離れていますが四国八十八ヵ所霊場の巡拝ルートは「円環型」です。それは「輪円」(マンダラ)のようです。つまり、四国八十八ヵ所霊場の巡拝は循環運動のなかでカルマ(業)を浄化するという特長が見られます。各霊場はまるで円卓会議のように同等であり格差はありません。人々はどこをスタートにしてもゴールにしてもいいのです。故に、創設するべき世界巡礼地はこの形を適用することが望ましいと思われます。
  2. 聖地選択のポイントは、異教徒同士が無理なく訪問できる場所にしなければなりません。先の「ヒロシマ」「アウシュビッツ」はこの目的を明確にするための一例にすぎません。むしろ政治やイデオロギー、民族問題や特定の宗教色に染まらない場所が望ましいと思います。例えば、弘法大師生誕以前(西暦800年以前)に時間軸を設定してみるのも一案かと思います。
  3. 世界各地に存在することが理想的ですが、数にこだわる必要はありません。より大切なことは、世界各国の人々が共に巡礼したくなるような魅力ある聖地を作ることなのです。そして世界の宗教指導者が先ず模範を示して実際に当地に赴くことです。それは地球を含む宇宙の全生命への祈りです。私たちは、ここから人々に人類のあるべき姿を思い起こさせるでしょう。
  4. そのためには、古代の大気や大自然の霊気の満ちた場所が霊場としてふさわしいでしょう。また、そういう意味からも、この仕事の先鞭をつけることのできる最もふさわしい人々は密教の徒つまり日本の弘法大師につながる宗教者だと確信します。
  5. 四国八十八ヵ所霊場巡拝ルートは、何百年もかけて形成されてきました。世界の新しい巡礼ルートも同じように長い時間をかけて完成されていいでしょう。しかし、今世紀の私たちが未来の人類を信じて人々が共有できる聖地を作りはじめることは、地球環境を痛め核兵器を持ち人類の共存に罪深いことを続けてやまない私たちにとって大きな責務だと思います。私たちは、浄化された想念の場を地上に広げるために勇気を持って一歩を踏み出さなければなりません。
  6. 最後に個人的なお願いがあります。弘法大師に敬意を表して、世界の新しい巡礼コースの出発点を日本の「高野山」にしてほしいのです。なぜならばこのコンセプトの生みの親は今も高野山に眠っておいでだからです。

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