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般若心経は真言を説いたお経



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  『般若心経』ほど、一般によく知られよく唱えられる仏典はありません。日本の仏教各宗では日蓮宗や浄土真宗を除きどこでもこのお経を常用経典として、ご葬儀やご法事に、護摩祈願やご祈祷に、巡礼やお遍路の際に、檀信徒の日常のお勤めでも、お唱えします。また解説書の出版や雑誌の特集ものも多く、高田好胤師や松原泰道師や瀬戸内寂聴氏やひろさちや氏などの「心経講話」「心経解説」ものがよく読まれています。 
   しかし残念なことに、この方々の出版物も、これまで公表された仏教学者や学僧の解説書も、すべて(と言っても過言でないほど)『心経』の本当の姿や内容を伝えていませんでした。敢えて言えば「ダメ」「デタラメ」「ごまかし」の類です。 

   なぜか。理由は簡単です。どなたも『心経』で最もだいじな最後の結論の部分、つまり「般若波羅密多   是大神咒   是大明咒   是無上咒   是無等等咒   能除一切苦   真実不虚故   説般若波羅密多咒   即説咒曰   掲諦   掲諦   波羅掲諦   波羅僧掲諦   菩提   薩婆賀」のところのとくに「大神咒   大明咒   無上咒   無等等咒」をいい加減に解釈したり、「掲諦   掲諦・・・」の意味がわからないため「行ける者よ、(彼岸に)行ける者よ」などという意味不明の解釈で逃げていて「なぜ、般若波羅密が咒なのであって、一切の苦を能く除くのか」というこのお経の最大のテーマに答えられていないのです。これは『般若心経』の解釈としては尻切れトンボのごまかしです。 

   しかしそれはある意味でもっともなこととも言えます。この『般若心経』は、サンスクリット語学を相当にやった人でないとわからない、インドのタントラの伝統たとえばマントラの言語感覚をわかっている人でないとわからない、インドの仏教思想史をきちんと学んだ人でなければわからない、大乗と密教の勉強をかなりした人でなければわからない、のですが、解説書を書いた人たちにその該当者はどうもおられないからです。 

   失礼ですが、瀬戸内寂聴さんなどに『心経』はわかりません。よく僧形でテレビに出演し、わかったような仏教解説をしますが、あれはテレビ局が視聴率を高めるために「タレント」を使うためであって、瀬戸内さんがつけている天台宗の輪袈裟が「この方は本当に仏教を勉強した人だ」と証明しているわけではありません。彼女はテレビでそう装うのは上手ですが、彼女の解説がかえって仏教の深遠な教えに誤解の種を撒くことになっているとしたら「越法の罪」ものです。 

   さきほど密教の研究をかなりした人と書きました。最後の「掲諦   掲諦・・・」はマントラつまり真言だからです。さらにもっとだいじなことは、弘法大師空海がこの『心経』の解説書『般若心経秘鍵』を書き、破体『心経』という書を残して経文の漢字まで梵字化(マントラ化)している、ということです。 
   近代仏教学の学術の世界では、『心経秘鍵』を知っている真言系の学者まで「あの空海の解釈は密教独特の解釈であって仏教学界に通用する解釈ではない」という説に反論できないまま鵜呑みにしてきました。なぜか空海の『心経秘鍵』は「心経ばやり」のなかでも光を当てられませんでした。 

   そういうことを全部わかった上で、このたびサンスクリット語も密教も空海もわかっている宮坂宥洪師が、空海の『心経秘鍵』をベースに新しい『般若心経』解釈を試み、もののみごとにこのお経の全体像とその主題の解明をされました。この日本にやっと最初から最後まで「整合性」のある「心経解釈」が誕生しました。これではじめてヨーロッパやアメリカの知識人と共有し議論できる仏教思想のデータベースが完成したのです。 


サンスクリットローマナイズおよび漢訳原文

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※本コンテンツは、宮坂宥洪師が月刊誌『大法輪』(平成13年1月号~6月号)に6回にわたり連載したものをもとに、平成14年6月3日「公開フォーラム<『般若心経』のほんとの意味>」で行ったプレゼンテーションの画像を加えて、事務局にて再編集したものです。

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