エンサイクロメディア空海 21世紀を生きる<空海する>知恵と方法のネット誌

空海アート

トップページ > 空海アート > 内海清美/紙人形「空海」 > 第二章 真魚[まお]の誕生

第二章 真魚[まお]の誕生

 宝亀五年(七七四)<不空三蔵が入滅した日>四国の讃岐国多度郡屏風が浦で名門一族の父・佐伯直田公[さえきのあたいたきみ](善通)と母・玉寄姫の三男として生まれます。幼名を真魚といい、人々は貴物[とうともの]と呼びました。

 佐伯一族の祖先のひとつは五・六世紀ごろ大和朝廷の征服によって捕虜になった蝦夷[えみし]ともいわれ、佐伯部として讃岐に配置されました。

 この集団を支配する地方の国造が佐伯直の姓でした。空海はこの出身だったのです。

 佐伯家は言葉の力を大切にする一族でした。後年、空海が断じた「十界に言語を具す」に通じるコトダマの一族であることを証明しているかもしれません。このことが後に空海をして、インド伝来のマントラと合体させることになるのでしょう。

 母方の阿刀[あと]氏は帰化系民族で、外舅[がいきゅう]の阿刀大足[あとのおおたり]は桓武天皇の皇子、伊予親王の侍講として従五位にありました。

 空海は十二歳から十五歳まで国学(大学の一種)でこの大足に論語、孝経、史伝、文学などを学びます。

Copyright © 2009-2024 MIKKYO 21 FORUM all rights reserved.