八二四年、東寺造営の長官に補任された空海は、その翌年に、「東寺講堂図帳」(今日でいう設計図面)を作成している。その講堂の中に、密教の説く、「自然界に輝きをもたらしているいのちの "知(意識)のちから"とその"知のはたらき"の理念・原理と、そのいのちの宿る生物の身体を、発生・成長・制御している "生体エネルギー"のはたらきと、それらのいのちの生存の場である自然界を動かしている"道理"とによって成り立つ世界(今日で言う"生命圏")」を立体的に模式展示するためであった。
この展示館は、八三九年六月十五日に開館した。空海没後四年を経た年であった。着手が八二五年であるから、十四年の歳月を要して、展示計画が完成したことになる。
(以下は、前記「」内の解釈によって見る、東寺講堂二十一体の神仏の示す"生命圏"の今日的ガイドとなる)
■建物
直方体の形状である。その矩形の長い面の南方向を正面とする。
外壁・内部共、柱と露出された木組みは朱塗り、壁は漆喰の白色。天蓋は甍の屋根。
■内部、神仏配置
(A)「如来」グループ(中央ゾーン)
如来とは"いのちのちから"の意。いのちのちからとは"知(根源意識)のちから"を示す。(根源意識とは、内外の神経細胞によって直接的に捉えた生存環境や接触対象からの自然で無垢な情報の集積とその処理から成るあるがままの意識。ヒトにおいては無心にして感得する知の恵みの意識)
①大日如来(中心位置)
「生命力」〔法界体性智〕自然界のいのちの存在とその輝きによる知のちからを示す。
②阿シュク如来(後方、右位置)
「生活力」〔大円鏡智〕清らかな鏡に万象が映じるように無心にして生活することのできる知のちからを示す。
③宝生如来(前方、右位置)
「創造力」〔平等性智〕自然と調和することによって、平等となるかたちを生みだすことのできる知のちからを示す。
④阿弥陀如来(前方、左位置)
「学習力」〔妙観察智〕あらゆる存在のありさまを観察し、その本質を共有することできる知のちからを示す。
⑤不空成就如来(後方、左位置)
「身体力」〔成所作智〕無心の行為によって、生きとし生けるものに敬意をもってはたらきかけ、その個体としての生の輝きを発揮する知のちからを示す。
(B)「菩薩」グループ(右側ゾーン)
菩薩とは"いのちの知のはたらき"の意。いのちの知のはたらきとは、すべての生物が"知(根源意識)のちから"により自然の中で無心に共生することができる、あるがままの"いのちのはたらき"を示す。また、金剛とは"原理"の意。
①金剛波羅蜜菩薩(中心位置)
「生命の原理」生命圏の存在そのものの宇宙における唯一無二のはたらきによって、あらゆる生物が生きていることを示す。(地球上に生命圏が形成されなければ、生命の存在はなかった)
②金剛サッタ菩薩(後方、右位置)
「生活の原理」すべての生物は生命維持の根幹"呼吸"のはたらきによって、その生存環境を自然界に築き、連鎖、循環し、生きることができることを示す。
③金剛宝菩薩(前方、右位置)
「創造の原理」作りだされた万物のかたちは、環境を"因"として、共通の物質(固体・液体・エネルギー・気体・空間)が収斂した"果"であることによって、すべての生物が対等の生産(衣食住の相互扶助)のはたらきを為すことができることを示す。
④金剛法菩薩(前方、左位置)
「学習の原理」すべての生物は、その"知覚"と"知(根源意識)のちから"によって、モノ・コト・空間の<色彩とかたちとうごき・音のひびき・臭い・味・感触・法則>の違いを観察し、その適性(本質)を判断する学習能力を持ち、それらを記憶し、伝達しあうことができることを示す。
⑤金剛業菩薩(後方、左位置)
「身体の原理」与えられた持ち分の"知覚"と"運動"の能力により、すべての生物がその身体のもつ個性によって、住み場所となる空間(環境)に於いて活動し、生命圏の一員としての"役"を担うはたらきを為していることを示す。
(C)「明王」グループ(左側ゾーン)
明王とは"身体の発生と成長、制御を司る生体エネルギー"の意。(そのエネルギー、今日の科学によって知ることのできる"ホルモン物質"のはたらきに相似する)
①不動明王(中心位置)
「精力エネルギー」(〔視床下部ホルモン〕体温調節・下垂体ホルモン調節・個体維持欲求・情動行動の中枢としてのはたらきに相似)を示す。
②降三世明王(前方、右位置)
「成長エネルギー」(〔下垂体ホルモン〕副腎皮質・甲状腺・性腺の制御、成長ホルモン分泌のはたらきに相似)を示す。
③軍荼利明王(前方、左位置)
「環境適応エネルギー」(〔甲状腺ホルモン〕細胞代謝・呼吸量・エネルギー産生の促進、変態促進のはたらきに相似)を示す。
④大威徳明王(後方、左位置)
「気力エネルギー」(〔副腎ホルモン〕糖バランス・電解質バランス、性ホルモンの分泌、アドレナリン等ストレス反応調節のはたらきに相似)を示す。
⑤金剛夜叉明王(後方、右位置)
「骨格形成エネルギー」(〔副甲状腺ホルモン〕カルシウム・リン酸の調節、すなわち、身体を支え、強いちからの源となる骨格形成調節のはたらきに相似)を示す。
(D)「天」グループ(左右端と四隅に配置)
①梵天(右側)
「天地と言葉の創造神」
②帝釈天(左側)
「自然の運行の支配神」
<方位の守護神>
①多聞天(右隅奥)*毘沙門天ともいう。
「福徳を司る神」<北方>
②持国天(右隅前)
「国土の秩序を支える神」<東方>
③増長天(左隅前)
「五穀豊穣と万物の成長・繁殖を司る神」<南方>
④広目天(左隅奥)
「異文化、異言語を理解する神」<西方>
以上の、いのちの"知のちから"「五智如来」と、そのちからが繰り広げる"知のちからのはたらき"「五菩薩」と、あらゆる生物の身体を制御している"生体エネルギー物質"「五大明王」のはたらきによって、世界は融通無碍に形成され、限りなく彩られている。その世界は神々「天」に託された"自然の道理"となる普遍的な願いによって守られている。
この"生命圏"の構図を立体的に展示したところ、それが東寺講堂となる。
こうして、空海の構想した世界観は、二十一体の神仏像のすがたとその方位をもつ配置によって、京の都の一角を占める東寺の講堂の中に出現した。
その今日の世界観に結びつけることのできる空海の示すマンダラ世界は、エコロジカルな世界を希求する時代においてこそ、ますますの輝きを増すものであると思う。(今日尚、誰もが、その時代を越えた"空海のメッセージ"を古の都に行けば見ることができるのだ)