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根本の知とは何か-「成身会」と今日

 空海は、生命の無垢なる知が形成している世界を、その全体のすがた図と、その知のはたらきの原理図にして人びとに示した。
 前者が「胎蔵マンダラ」であり、後者が「金剛界マンダラ」である。
 当論考では、後者を構成する九会(え)のマンダラの内、その中心に位置する「成身会(じょうしんね)」の意味するところを、現代科学による知と照らし合わせてみた。
 生きることの原理に今昔はない。だから、ブッダの悟りの教えの延長上で、空海が編集したマンダラの生命世界は普遍的なものにちがいない。
 以下はその普遍的なものへの今日からのアプローチである。

Ⅰ物質の四大要素<四大神>
 あらゆる生物は物質(炭素・酸素・水素・窒素・リン・硫黄の六元素と鉄やカルシウムなどの微量元素)からできている。その物質を観察すると、固体<地天(大)>・液体<水天(大)>・エネルギー<火天(大)>・気体<風天(大)>の四つの形質をもち、生物の最小単位である細胞もそれらの形質によってできている。
 生物、すなわち生命をもった物質は、住み場所を得て存在できるが、その空間がなければ、生物自身も、そして世界の構成要素自身も存在することができないから、すべての存在は空間<空大>的である。
 その空間としての存在の極微から極大の内と外で、あらゆる生物が神経細胞<識大>によって、環境に反応し、個体を調整しながら生きている。

Ⅱ-1生物多様性<賢劫(げんごう)一千仏>
 生物(草木虫魚禽獣)の種の数は名まえをつけられたものが一七五万種と、まだ分類されていないものがその数倍あるといわれている。その種ごとに個体数を掛けると無数となる。それらの無尽蔵の生命が実在する今を現出している。(その中のごくわずかがホモ・サピエンス、すなわち人間といった種である)

Ⅱ-2知覚のプロセス<四摂(ししょう)菩薩>
 生物は、知覚の鉤(かぎ)<金剛鉤(こう)菩薩>によって外界をとらえる。そうして、キャッチした外界を神経の索(なわ)<金剛索(さく)菩薩>によってわが身に引き寄せ、そのイメージ(ホログラフィ)を記憶の鎖(くさり)<金剛鎖(さ)菩薩>につなぎ観察し、その判別によって、快・不快の鈴(すず)<金剛鈴(れい)菩薩>を打ち振る。

Ⅱ-3物による癒し<外の四供養菩薩>
 (1)虫といえども嗅覚をもっている。嗅覚によって対象物や環境のもつ香りをとらえ、良否を判断し、快・不快の鈴を打ち振ることになる。
 人間の大脳辺縁系(呼吸・睡眠・飲食・生殖・群居・情動を司っている脳)は、もともとは嗅覚を司っていた脳とされることから、あらゆる欲望には、香りが強く作用する。(因みに、生命活動の根幹である個体の維持と種の保存の営みは、水中動物では、主に味覚のはたらきによって為されるが、それが、陸上動物では、嗅覚にとって代わられるという)その香りのふくよかさや悦楽の広がり<金剛香(こう)菩薩:気体>が、生きとし生けるものに安らぎと歓喜を与える。
 (2)花は、太陽光の波長に同調する炭素原子数によって、虹の色(赤・橙・黄・緑・青・藍・紫)を発色させている。その色によって、昆虫や禽獣を引き寄せ、受粉をし、実を結び、種(たね)を発芽させ、子孫を得る。
 その花の発する色彩の美しさ<金剛華(け)菩薩:固体>が、生きとし生けるものにきらびやかなる生の喜びを与える。
 (3)太陽から届く、程好い光エネルギーによって、海水の中で生命が誕生した。そのエネルギーによって植物が光合成を行ない、炭水化物を生産してくれるから、すべての動物がそれを食べ物として生きられる。また、地球の自転にともなう、太陽光の明暗がもたらす二十四時間リズムがあるから、すべての生物が起きて活動することと、眠って休息することを繰り返すことができる。それらの光りのもたらす恵み<金剛灯(とう)菩薩:エネルギー>が、生きとし生けるものに豊かさと和みの喜びを与える。
 (4)原初、生命は海水の中で誕生した。その海水を体内に宿すことによって、陸に上がることができた。だから、その潤いがなければ生物は生きることができない。清涼なる香りをもつ潤い<金剛塗(ず)菩薩:液体や擬似液体>が、生きとし生けるものの身体とその活動(生長と行動・コミュニケーション・意志の主張)を清める。

Ⅲ心による癒し<内の四供養菩薩>
 物質と、それらによって形成される空間に住み、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚によってとらえた対象物や環境の快・不快を、生物は神経反応や意識(心)によって表わし、その快を喜び、飾り、歌い、舞う。
 (1)あらゆる生物が共に生きることによって、生命圏が築かれる。その中で無尽蔵の個体が互いを照らし合うとき、そこにかけがえのないいのちの存在の無限の輝きが生まれる。その輝き<金剛嬉(き)菩薩>によって、すべてのいのちあるものに喜びがもたらされる。
 (2)生物は自らの種別や個体としての個性を表現するために、色・かたち・うごきを用いてその身体を多様に飾る<金剛鬘(まん)菩薩>。つまり、ファッションを創造する。その装いによって、自然界が美しく彩られる。
 (3)虫も鳥もクジラも歌う。歌うこと<金剛歌(か)菩薩>によって、コミュニケーションをとることができる。そのために生物は、リズムやメロディーを練習し、記憶するといった学習能力を発揮する。そうして、お互いが奏でる響きをハーモニーさせる。
 (4)生物は空間、地面・水中・空中のそれぞれを住み場所としてこの世に生まれてきて、そこをすみわけ、地を這い、水を泳ぎ、空を飛ぶことに精進する。その自在に舞う<金剛舞(ぶ)菩薩>すがたに、生のちからの無心の発露がある。

Ⅳ無垢なる五つの知
 四つの物質要素と、それらから誕生した生命が進化をし、多様な生物となった。その生物が生命現象としての知を発現している。
 知は、嗅覚(気体となって伝わる香り)や視覚(色とかたちとうごき)、それに触覚(太陽の温もりや液体の感触)などの知覚によってキャッチした事柄を物理的要因とし、それらが引き起こす快・不快感によって生まれる。その知によって生物は自己を表現し、行動の判断を下す。
 では、それらの知覚によってキャッチされた事柄に判別をもたらす根本の知とは何なのか、その根本の知が規範となって、知はどのようなはたらきをするのか、そこに辿り着く。

Ⅳ-1生命知<法界体性智(ほっかいたいしょうち):大日如来>
 三十八億年前、海水の中で生命が誕生した。
 生命は物質を構成要素とし、物質自らが子孫を産みだす設計図<DNA>と、その転写機能をもち、それらによって、まちがいなく成長・繁殖し、太陽光と大気と水を基本エネルギーとして生きている。そのことがすべての生命に共通する自性のすがたである。
 その本質によって、生命は進化し、多様な種を生みだした。種とは、同じすがたをしているグループを指し、その形質がDNAによって等しく流出してきて、環境に適合し、子孫を繁栄させたものである。
 また、種ごとの個体は遺伝の法則によって、少しずつ変化した個性をもち、その雌雄の個性の掛け合わせが、次の新たな個性をもつ個体を生み、進化している。
 そうして、そのようにして生まれてきた無数の個体そのものが、それぞれに三十八億年前の生命を受け継いだものである。個体は受け継いだその身体を用いて、それぞれに生き、生長し、他と交わるから、個体には自と他の分別がある。
 その個々の生物が一様に、早い遅いはあれ、動作(生長と行動)を起こし、対象物や環境とコミュニケーションを取り、そうして、生の意志を主張するという生命活動を行なう。
 それらの生命の無垢なるすがた<法身(ほっしん)>とその根源の活動の象徴が<大日如来>である。
 その大日如来、すなわち、生命をもつものが、次の四つの完成された知のはたらきをもち、存在の輝きを放つ。
 (1)代謝性<金剛(こんごう)ハラミツ菩薩>
 (2)物質・エネルギーの生物間における相互扶助性<宝(ほう)ハラミツ菩薩>
 (3)自然の法則性<法(ほう)ハラミツ菩薩>
 (4)作用性<カツマハラミツ菩薩>
 生物は、生命を維持するためにその体内において、一連の化学反応を行なう。それを代謝という。その代謝によって、体内に取り込んだ物質を分解してエネルギーを得、そのエネルギーを使って有機物質を合成・生産することができる。そのことによって、生物は個体の生長と生殖を可能にする。また、その物質とエネルギーを相互扶助することによって、生物が共に生きて行ける。それが内なる自然の法則であり、外なる自然の法則ともなる。その自然の法則にしたがい、生物は活動し、その活動によって環境に作用し、生態系を形成する。
 それらの根源の知のはたらきをもっているから、生命が存在する。

Ⅳ-2生活知<大円鏡智(だいえんきょうち):アシュク如来>
 生きることの根源は呼吸と睡眠にある。
 呼吸によって、植物は空気中の二酸化炭素に水を加え、光に反応させ、炭水化物を作りだす。そのとき、廃棄物として酸素を放出する。動物は植物の作った炭水化物を食べ物として体内に取り入れ、吸い込んだ酸素で燃焼させ、エネルギーにする。そうして、二酸化炭素を放出する。その二酸化炭素を植物が摂取する。
また、地球の自転にともなう太陽光の明暗によって、原則的に昼間には起きて活動し、夜間には眠って休息する二十四時間リズムを繰り返す。眠っているときもすべての生物が呼吸している。
 だから、呼吸と睡眠が、生物が生活してゆくためのもっともシンプルなすがたを映すことになる。そこに生きるための理念もある。
 その理念とは次の四つである。
 (1)存在<金剛サッタ菩薩>
 (2)自由<金剛王(おう)菩薩>
 (3)慈愛<金剛愛(あい)菩薩>
 (4)喜び(安楽と満足)<金剛喜(き)菩薩>
 すべての生物は呼吸と睡眠によって、存在することができている。だから、その存在に妨げがあってはならないし、常に自由であることが確保されなければならない。そうして、そのことを思いやることがお互いにできれば、そこに慈愛が芽生え、その慈愛に満ちた生活によって日々の安楽と満足の喜びを得ることができる。

Ⅳ-3創造知<平等性智(びょうどうしょうち):宝生(ほうしょう)如来>
 あらゆる生物の生活には、動物であろうが、植物であろうが、衣・食・住が必要だ。それらを生物が生産し、相互扶助している。その扶助の連鎖によって、自然界は秩序を保つことができている。
 そのように、物質から創造された生命が、生きるために物質とエネルギーを自己生産する能力を発揮し、そうして、その生産した物質とエネルギーを相互に扶助しあうことによって、生命圏が創造される。その全体からみれば、生物のすべてはどのような生命であれ、平等の創造性を担っている。そこに創造の根本理念がある。
 その理念に導く、生命の創造性の原理とは次の四つである。
 (1)生産<金剛宝(ほう)菩薩>
 (2)光合成<金剛光(こう)菩薩>
 (3)相互扶助<金剛幢(どう)菩薩>
 (4)開花<金剛笑(しょう)菩薩>
 無機物質(二酸化炭素と水)から、太陽光を利用して有機物質(炭水化物)を生産しているのが植物であり、その光合成と呼ばれる天然の食糧プラントによって、動物は食べ物を得ることができ、その植物を食料とする動物を別の動物が捕食する。このように、すべての生物が相互扶助することによって、個々の生活が成り立つ。そのことによって、あらゆる生命が開花できるから、そこに微笑みがある。

Ⅳ-4学習知<妙観察智(みょうかんざっち):無量寿(むりょうじゅ)如来>
 あらゆる生物があるがままの万象を、神経細胞や知覚によって観察し、判別し、世界とのコミュニケーションをはかっている。そうして、コミュニケーションをとることによって、個体と個体、個体と種、個体と自然とが共生できている。観察とコミュニケーション、そこに学習の普遍的な理念がある。
 では、その理念にもとづいて何をどう学ぶのか、それが次の四つである。
 (1)法則の観察<金剛法(ほう)菩薩>
 (2)法則の道理<金剛利(り)菩薩>
 (3)原因の処方<金剛因(いん)菩薩>
 (4)表現と伝達の方法<金剛語(ご)菩薩>
 万象は法則をもち、法則は緻密な観察の積み重ねによって感知される。
 その法則によって、道理が生まれる。
 法則と道理によって、原因に気づく、その原因に合わせて処方をほどこすことができる。
 処方の実践には的確な表現と伝達の方法が必要だ。

Ⅳ-5身体知<成所作智(じょうそさち):不空成就(ふくうじょうじゅ)如来>
 生物は環境に合わせた持ち分の身体能力によって行動し、無垢なる習性を発揮し、住み場所となる空間をすみわけて生活している。そこには、種ごとの固有の所作はあるが、そのおおもとにあるのは、次の四つの行動規範である。
 (1)救済作用<金剛業(ごう)菩薩>
 (2)自身の保護<金剛護(ご)菩薩>
 (3)障害の打破<金剛牙(げ)菩薩>
 (4)無心の遊び<金剛拳(けん)菩薩>
 生物間の相互扶助の原理からすれば、それぞれの個体が共に生きて存在していること自体が、互いの衣・食・住を救済する作用そのものであり、そのような連鎖のなかで、個体そのものは対象物と環境から自らの身を護り、障害を打破し、生長して子孫を残す。そうして、そのような日々にあって、住み場所である空間(地面・水中・空中)に無心に遊び、安楽のひとときを得ている。

Ⅴ知の神々<二十天>
 人間の知は神々を誕生させた。知を神々にすることによって、宇宙に存在させることになった。そうすることによって、天体と願望と花・水・火と時間が神格をもって、人間と同居することになった。
 (1)ナーラーヤナ(水の上に住む神):すべての根源となる神<ナーラーヤナ(梵名)天>
 (2)童子神(梵天の息子)<クマーラ(梵名)天>
 (3)原理と慈悲の神<金剛崔天(こんごうざいてん)>
 (4)宇宙の創造神<梵天(ぼんてん)>
 (5)戦闘の神<帝釈天(たいしゃくてん)>
 (6)太陽神<日天(にってん)>
 (7)月神<月天(がってん)>
 (8)華鬘(美しい花飾り)の神<金剛食天(こんごうじきてん)>
 (9)土星の神<彗星天(すいせいてん)>
 (10)火星の神<熒惑天(けいわくてん)>
 (11)西南の守護神<羅刹天(らせつてん)>
 (12)風神<風天(ふうてん)>
 (13)子宮の神<金剛衣天(こんごうえてん)>
 (14)燃焼(エネルギー)の神<火天(かてん)>
 (15)福徳の神<毘沙門天(びしゃもんてん)>
 (16)宇宙の維持神(ヴィシュヌ神)の化身<金剛面天(こんごうめんてん)>
 (17)時間(死)の神<焔摩天(えんまてん)>
 (18)勝利の神<調伏天(ちょうぶくてん)>
 (19)息災と歓喜の神<ヴィナーヤカ(梵名)>
 (20)水神<水天(すいてん)>

 以上のⅠ~Ⅴまでの考察内容が、成身会に図示されている諸仏の知と、今日の科学によって、わたくしたちが理解している生命観とを照らし合わせたものである。
 では、それらの知が成身会にどのように配置されているのかを、次に解説する。

「成身会」の構造
 まず中央に「一大円輪」があり、その中が井桁(いげた)に区分されている。井桁の中央にあるのが「生命知」であり、井桁の上下、左右の四方に「生活知」と「創造知」と「学習知」と「身体知」が配置される。生命のもっている四つの知のちからである。その生命と四つの知のちからから、それぞれに四つの知のはたらきが発生する。それらの知のちからとそのはたらきによって、生命は、「生の喜び」と「生の装い(ファッション)」と「生のリズム」と「生の舞い」の癒しを得る。また、一大円輪の四隅には、物質の四大要素があり、それらの物質によって自然界の空間ができていて、その中で、生命が生存していることを示している。その生命が知(意識)を発揮する。
 次に、一大円輪を包む二重の方形には、多様な生命が無数に存在していることを示し、その生命のすべてが一様に世界を知覚する能力をもち、嗅覚によって香りを、視覚によって色彩を、触角によって光りのもたらすエネルギーや水のもたらす潤いを感知し、それらによって、物質からの癒しを授かる。
 そうして、その方形の外側を、知の神々(天体と願望と花・水・火と時間)が取り囲んでいる。
 
 以上の生命の根本の知のちからとその各種はたらきが、「金剛界マンダラ」の中心に位置し、司令塔となり、その他の八つのマンダラを牽引している訳だが、それでは金剛界マンダラ全体の構図はどのようになっているのかを、次に記す。

「金剛界マンダラ」全体の構図
 九会(え)のマンダラの中心にあるのが「成身会(じょうしんね)」(一会)であるが、その下方にあるのが「サンマヤ会(え)」(二会)であり、その左が「微細会(みさいえ)」(三会)、その上が「供養会(くようえ)」(四会)、そのもう一つ上が「四印会(しいんね)」(五会)、その右が「一印会(いちいんね)」(六会)、もう一つ右が「理趣会(りしゅえ)」(七会)、その下が「降三世(ごうざんぜ)カツマ会」(八会)、もう一つ下が「降三世サンマヤ会」(九会)である。
 一会は、無垢なる知のはたらきの原理を形象(仏像)によって示す図であり、その原理をシンボル(仏塔・五股杵・宝珠・蓮華など)で示したのが二会、原理の諸要素を存在の最小単位としてとらえたのが三会、原理の諸要素が相互に扶助作用をしていることを示すのが四会である。
 五会は、知が前記一会~四会までの四つの表現媒体(形象・シンボル・単位・作用)によってできているとし、次の六会で、それらの知のはたらきが、生命の存在ただ一点に帰結することを示している。
 七会は、その生命が雌雄の愛の結びつきによって存在することを示し、八会はその存在する生命が、成長力(下垂体ホルモン)<降三世(ごうざんぜ)明王>、環境適応力(甲状腺ホルモン)<グンダリ明王>、気力(副腎ホルモン)<大威徳(だいいとく)明王>、精力(視床下部ホルモン)<不動明王>の作用によってコントロールされていることを示す。九会は八会の仏像図をシンボルによって表現し、そのシンボルを操作することによって、身体に潜むちからにアクセスせよと説く。
 また、上記の「降三世サンマヤ会」をスタートして、右側から左回りにマンダラを巡るルートでみると、右側は肉体のコントロールを示し、そこから生命存在の核心「一印会」に至り、左側に回って精神のコントロールを説き、そうして、中心の根本の知<悟り>の世界に入ることになる。

 以上、空海の説く悟りは、マンダラの中にあるというが、そのマンダラに成身会を通してアプローチしてみた。
 紀元前にブッダは、その悟りを「これがあるからそれがある、これが生じるからそれが生じる」「これがなければそれがない、これが滅するからそれが滅する」といった、極めて哲学的な命題にして説いた。そのことから、そののち、ナーガールジュナ(龍樹)が存在を考察し「生じないし、滅しない。断絶しないし、連続しない。同一ではないし、別でもない。去ることもないし、来ることもない」との「空(くう)の論理」による悟りを説き、それが大乗仏教の骨子となる教義となった。それに対して、密教の第八祖、空海は、悟りの目でみれば世界は空(くう)ではなく、そこに実在していると説く。そうして、実在している世界と意識は一体のものであるという。
 その実在する世界を、悟りの目で観察した結果がマンダラである。
 そこに図示されている世界は決して神秘などではなく、今日の科学の視点でみれば合理的である。
 そこに記された根本の知によって、悟りの世界が実在している。
 その世界にわたくしたちがいる。

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