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臨床宗教師のすすめ


【関連情報】

臨床宗教師 「同事」「同行」「同苦」という菩薩行の実践

余命の告知を受けた末期ガン患者や長期の難病に苦しむ人や大震災ですべてを失った人等の心の不安や悲しみや苦悶の声に耳を傾け(傾聴)、精神的な支援を行うボランタリーな宗教者が育っている。東北大学の実践宗教学寄附講座が行う養成プログラムを受講し、その資格を得た「臨床宗教師」の人たちである。
 「臨床宗教師」とは、「ホスピス」における「チャプレン」のことを「臨床宗教師」活動の提唱者であった医師の故・岡部健氏(医療法人社団「爽秋会」前理事長)が日本語にしたものである。

この「臨床宗教師」は宗教者にかぎり認められているものの、病院・施設・在宅などでの公共に寄与する活動に従事する立場から、「臨床宗教師」の属する宗派の教義の宣布とか特定の信仰への誘導によって精神的支援を行うものではない。すなわち、宗教者の布教の場ではないのである。キリスト教系あるいは仏教系「ホスピス」の「チャプレン」とは、その点で異なる。
 従って「臨床宗教師」は、自らの宗教の教義や信仰を直接的に支援活動に使えないため、まずは自らの宗教の教義や信仰はさておき専ら支援する人の心の不安や悲しみや苦悶の声に耳を傾ける(傾聴)。むしろ宗教者としてではなく、一人の人間として接することになるので、その人となり(人間としての成熟度)が問われることになる。

そこで、臨床宗教師の要件を考えてみると、
①若い時から辛苦を経験した年配者で、人格・識見に富み、誰からも信頼され、自分より他者を優先してモノゴトに対処できること。
②人間的であることはもちろん、すぐれた宗教者であること。すぐれた宗教者とは、自らの宗教の教学や信仰に篤く、それに基づいた宗教情操や日常的コトバの表現力によってひとを引きつけ導けること。すぐれた宗教者は自らの宗教の教学や信仰を他者に強要しない。
③できれば、自らもガンや難病の身体的苦痛や精神的不安感・絶望感を経験していること、死の淵をさまよった経験があること、大震災や風水害などですべてを失った喪失経験をもっていることが望ましい。
④予見をもたず、謙虚にひとの話に耳を傾けられること(傾聴の能力)。聞き上手なこと。ひとの話に適切に応じ、より深い本当の話を聞くことができること。
⑤今まで行ってきた宗教活動で、死を目前にした人やその家族の精神的ケアをした経験があること。カウンセラーの経験があること。
⑥ホスピス病棟などで、チャプレンやビハーラ僧の経験があること。
⑦臨床宗教師になる動機が、安っぽいヒューマニズムや薄っぺらな正義心からでないこと。
⑧臨床宗教師になることで自己満足したり増上慢にならないこと。
⑨いつも柔和で、腰は低く、コトバやさしく、しかし心は高く、できること。
⑩あくまでもボランティアであり無料奉仕であること。仏教僧の場合は同事・同行・同苦の利他行(=菩薩行、「菩提心」の発露として自発的に行う修行)であり、報酬を求めるものではない。

「臨床宗教師」の提唱者といわれる岡部健医師は「在宅ホスピス」の実践者でもあった。患者は岡部氏から適切な病気治療を受けるにつれ氏を信頼しはじめ、心の支えにもしたであろう。病状のこと、身体的苦痛のこと、心の不安のこと、治癒が不可能なのかどうか、自分の生命の消費期限、家族との別れ、自分の人生と心の整理、死の受容、あの世の想像、そして「お迎え現象」といわれる深層心理に至るまで、腹蔵なく氏に語りかけたであろう。主治医岡部氏に全幅の信頼を寄せているからである。岡部氏は医療ケアと精神的ケアの両方とも同時にできたのに相違ない。高校時代にキェルケゴールの『死に至る病』を読んでいた理系文系同時両立の人だった。医師でありながら「科学オタク」ではなかった。この岡部医師が一人で両方やっていたことを「臨床宗教師」を登場させて2分化するのであるが、試みが患者に受け容れられるかどうか、先日この「臨床宗教師」のことをオンエアしたBSフジの「プライムニュース」での金田諦晃師の経験談から容易ならざるものを感じた。「プライムニュース」では、臨床の場にある医師が忙しくて患者の精神的なケアが充分にできないので、その分を補う必要があって「臨床宗教師」が登場したという。この医療現場の事情・都合からくる医療ケアと精神的ケアの2分化は、はたして患者の立場からはどうだろうか、もっぱら医療側の事情で登場した「臨床宗教師」が、思ったように患者に許容されるだろうか、疑問はある。それでも私たちは、この「臨床宗教師」の試みを前向きにとらえ支援協力していきたいと思う。


余談ながら、今から約45年前、大阪の淀川キリスト教病院にわが国最初の「ホスピス」病床が設けられ、実質的な「ホスピス」ケアがはじめられた。同病院の理事長・大阪大学教授などをつとめたクリスチャン医師柏木哲夫氏の努力によるものだった。
 時を同じくして、浜松市の聖隷三方原病院に日本最初の緩和ケア専門病棟がつくられ、「ホスピス」ケアが開始された。衆議院議員などをつとめた長谷川保氏によるものだった。
 続いて、新潟県長岡市の長岡西病院に仏教系「ホスピス」ケアがはじめて開設された。「ビハーラ医療団」を率いる田代俊孝師や佛教大学の田宮仁氏(ビハーラ提唱者)の尽力によるものである。
 さらに近年、日本財団の支援を受けて設立された神奈川県中井町のピースハウス病院(現、日野原記念ピースハウス病院)が、日本初の独立単体の「ホスピス」病院として開設され、一時休止したが2016年4月から再開されている。
 淀川キリスト教病院や聖隷三方原病院や長岡西病院の「ホスピス」ケアが日本においても行われはじまった頃、その必要性を強調していたのが聖路加看護大学の日野原重明教授だった。
 スイス系アメリカ人精神科医のエリザベス・キューブラー=ロス女史の『死ぬ瞬間』をはじめとする死をテーマにした本が脚光を浴び、死の受容の議論と学習がさかんになったり、ドイツ生まれの司祭・哲学者で、上智大学で長く教壇に立ったアルフォンス・デーケンの死生学や死の準備教育(Death Education)が注目されたのもこの頃だった。

こうして、医療が専ら延命治療を前提とし検査や治療で患者に身体的精神的苦痛を与えてもやむを得ない傾向にあるなか、末期ガンの患者をはじめとして身体的苦痛を和らげる緩和ケア(ペインケア)や、精神的な支援・援助のケアを行って死を前にした患者の人間性を尊重した「生の質」(quality of life=QOL)を高める医療活動が本格化した。「ホスピス」の先駆者には敬意を表しておきたい。

高野山真言宗の宗務総長だった阿倍野龍正師をリーダーとする「仏教いのちを考える会」が、宗教者と医療者とが同じ場で生命倫理の問題を勉強する活動をしていたのもその頃だった。
 この活動は途中で休止のやむなきに至ったが、リーダーの一人だった橋爪良恒師(高野山真言宗高崎観音前住)が当フォーラムに入会され、仏教と医療とくに生命倫理の問題で指導的役割をはたされた。師は、高い見識と豊かな学識のもと、当時時局の問題になっていた「脳死移植」について宗教者の良心の立場から「反対」と「問題点」を表明され、私たちは同じ宗教界で異を唱えていた「大本」(松田達夫氏)とも協同して、当時の厚生省をおとずれ担当官に異議を申し立てた。


ここに日本初の「臨床宗教師」養成実践講座を行っている東北大学の当該サイトを紹介する。関心をお持ちの方は読まれたい。

なお、東北大学のあと「臨床宗教師」の実践講座を開いた京都の龍谷大学の例も紹介したいと思い同大学教務課にリンク許可を求めたところ、
 「ご依頼のリンク許可についてですが、この内容については各個人に本学が許可をするものではありません」という「リンクフリー」と言っているのか「ダメ」と言っているのかわからない意味不明の簡単な返信が係から届いたことを書きとどめておく。

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