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マンダラの方舟 2

金剛界マンダラと今日の視点

「胎蔵マンダラ」が物質・生命・意識から成る世界を考察した"知"の包括的な図であるならば、「金剛界マンダラ」はその知の"はたらき"を示すものである。双方によって世界観は完成する。
 本論は、その知の"はたらき"の方を今日の視点で考察するものである。(「金剛界マンダラ」は本来、修行者の悟りのプロセスを示すものであると承知しているが、ここでは、知のはたらきを探求する知性の遊びとしてとらえる。しかし、ヒトがそのからだと言葉と意識によって得るところの本質的な世界に近づくための一歩になればと思う)

Ⅰ 知のはたらきの根幹〔成身会(じょうしんね)〕
 あらゆる生命の有している広義の意味での"知"は、五つの"はたらき"をもつ。
 生命存在そのものの無尽蔵の知のはたらき〔大日如来〕と、その生命がもつ、四つの知のはたらき、一に生活知、二に創造知、三に学習知、四に身体知である。

 一の「生活知」のはたらきによって、あらゆる生物は生まれてから死ぬまで休むことなく無心に呼吸をし、大気の成分を摂取し、物質を燃焼させてエネルギーを作りだして生き、活動することができている。そこに、生の愛と喜びの根幹がある。そして、清浄なる大気があってこそ、快適な住み場としての自然が保たれる。〔阿閦(あしゅく)如来〕
 二の「創造知」のはたらきによって、あらゆる生物(植物・動物)が衣・食・住を無心に生産し、それらを相互扶助し、その自然界の連鎖があるがままの美しい景観をも形成している。そこに、それぞれの持ち分の固有の文化が発生する。〔宝生(ほうしょう)如来〕
 三の「学習知」のはたらきによって、あらゆる生物が万象のあるがままの真実を知覚し、判別し、個体と個体、個体と社会、個体と自然との限りないコミュニケーションをすることができている。〔無量寿(むりょうじゅ)如来〕
 四の「身体知」のはたらきによって、あらゆる生物が持ち分の能力による行動ができ、無垢なる習性を発揮し、与えられた環境で共に生きることができている。そこに生きるための固有の巧みもある。〔不空成就(ふくうじょうじゅ)如来〕

 以上の知のはたらきによって、固体(地)・液体(水)・エネルギー(火)・気体(風)から成る万象と共に、あらゆる生物がその住み場となる空間(海・陸・空)で、それぞれの生を楽しみ、その身を飾り、歌い、舞う。

 その生物(動物)の種の数は名前がつけられたものが二百万種と未だ分類されていないものがその数倍。それに種ごとの個体数を掛けると無数となる生物が生きている。
 それらの生物のすべてが、光の温かさとその光の化身である植物が発する美しい花の色と雅な香りと、それにうるおいのある世界の中で、対象を知覚の鉤(かぎ)によってさまざまにとらえ、イメージの索(なわ)で引き寄せ、判別の鏁(くさり)に繋ぎ、生の吐息の鈴をやさしく打ち振っている。

 その生命を宿す水の惑星(地球)が天体の月・星・太陽と共に宇宙にある。それらの天体の運行とちからによっても、無窮の知は与えられる。

Ⅱ 知のシンボル化〔三昧耶会(さんまやえ)〕
 古代、文字の未だなかった頃、ヒトはその器用な手を使って、脳裏に浮かぶイメージを絵や記号にして、岩や洞窟の壁、それに地面、木の幹や草の葉に描くことができた。
 描かれたものは、狩猟の対象となる動物(草食動物や鳥や魚など)と狩をする自らのすがたと道具、舟や家、地形と方位、数量、月・星・太陽と日付、それに神のすがたを示すものであった。
 それらの絵や記号によって、知(イメージ)を記録し、他に伝えようとしたのだ。
 描かれたものにはすでに名称があったにちがいない。ここで云う名称とは声音である。その声音と描かれた形象とが一体化して、象形文字が生まれ、やがてそれが表音文字になった。そのもともとのところ、つまり、イメージと形象によって、モノ・コトをシンボル化して伝えること、そのことはヒトの意思の伝達手法の根幹にある。その究極のシンボル化が表音文字のかたちとひびきのちから(真言)である。

 因みに、以下はその表音文字と五つの知のはたらきを試みとして対比させてみたものである。
・口を開いて最初に出る声音「あ」:生命存在知<生起>
・歯を結んで、意志を示す声音「い」:生活知<展開>
・口と鼻から同時に静かに息を吐き出し、落ち着きを示す声音「う」:創造知<収斂>
・鼻から空気を吸い込み瞬間に口から出し、動揺と強調を示す声音「え」:学習知<判別>
・口をまるめて息を出し、慈しみを示す声音「お」:身体知<同一化>
 以上の表音文字が母音となって、わたくしたちの言葉(日本語)は展開されている。

Ⅲ 物質と生命の最小単位〔微細会(みさいえ)〕
 物質の元素は原子であるが、その原子もまた、元素をもつ。それが量子である。量子は、粒子性<物質の性質>と波動性<状態の性質>双方の性質をもち、電子が量子の代表的な存在である。つまり、空間において、何らかのちから<エネルギー>が確認されたところに究極の物質が存在する。
 幾つかの原子が集合し、化学的性質を保った最小の単位が分子である。その内、数千から数万の原子からなるものを高分子と呼ぶ。ゴムやプラスチック、それに、たんぱく質(生物を形成する基本物質)やDNA(遺伝情報物質)などである。
 この高分子の上の巨大分子から、細胞<生命>が誕生した。(それは、天文学的な時間の流れのなかでの地球上で起こった、たった一回の奇蹟によって、わたくしたちに与えられた)
 自ら生活し、体内で高分子物質を作り出し、繁殖する巨大分子物質、それが細胞である。ウィルスを除き、すべての生物が細胞からできている。
 その生物のすがたは多様であり、一つひとつの細胞が独立して生きている単細胞生物から、同じような細胞が集まってコロニーや群体を形成して一緒に生きているもの、また、特殊化した細胞からなる多細胞生物まで、さまざまである。それらの種の数は二百万種の数倍もあり、種ごとの個体を形成する細胞の数と個体数と種の数を掛けると、細胞の数は無尽蔵となる。
 因みに、ヒトの個体は六十兆個の細胞から成り立っている。その細胞の一つひとつに生きるためのはたらきがあり、その総体がヒトのすがたとなる。そして、細胞の一つひとつが広義の意味での知(それぞれが自らのはたらきを為すことができる無心の知)をもつ。その細胞の知のはたらきによる意思(これも広義の意味で)の総体は、ヒトの精神の許容範囲をはるかに超えている。ヒトは言語によって意思を伝達しているが、細胞は言語がなくても相互に意思を伝達し合っているのである。その意思が生きるための根源の理念であり、ヒトはそれらを言語化することができない。何しろ六十兆個の細胞間における意思の伝達なのだ。(そこは、言語による情動や執着の及ぶところではない)
 細胞一つひとつの意思、それは何を因として発せられるのか、そこに自然のちからがある。そのちからとは、太陽の光(色波長・暖かさ)/月の引力/地球の磁場と重力/昼夜の周期/季節の周期/風(強弱・方向・冷暖)/大気の成分(酸素・二酸化炭素)/水/土壌/体内の摂取物質・分泌物質による化学反応/その他の生態環境などである。これらのちからに細胞は呼応する意思をもつ。その意思は電気的パルスとなり、他に伝達されるという。したがって、果も自然のあるがままである。

Ⅳ 相互扶助作用〔供養会(くようえ)〕
 あらゆる生物の個体における物質代謝にともない行なわれるエネルギーの出入り・変換のことをエネルギー代謝という。一般的には植物が、太陽光線のエネルギーを転じて化学的エネルギーにし、その植物を動物が食べ、化学的エネルギーを熱及び機械的エネルギーに変化させて体温維持や運動などを行なっている。
 つまり、植物は光合成によって、太陽エネルギー(太陽の中心部で行なわれている、水素原子がヘリウム原子に変わる"核融合反応"の際に発生する核エネルギーのこと。そのエネルギーは非常に短い波長から長い波長まで、さまざまな波長の光となって地球に届いている。光そのものがエネルギーなのである。そのうち<紫外線>は目に見えないが、生物に強い作用を与え、ヒトの目に感じる<可視光線:虹の七色>と、目に見えないが熱を感じることのできる<赤外線>が、あらゆる生物のその生存にとって必要不可欠な作用を与える)を電気エネルギー・化学エネルギーに変換し、二酸化炭素と水から糖類(炭水化物)を作りだす。このときに、水の分解過程から酸素ができる。動物はその酸素を呼吸し、植物の作りだした炭水化物(有機物質)を食糧として、栄養を得て、生存できる。その動物が二酸化炭素を吐き出し、植物の炭水化物の生産を手助けしている。そして、あらゆる生物が死して、微生物がそれらを分解し、土壌に栄養を与え、その栄養分を得て、植物がまた、地上に芽を出す。そこに見事に成就された<エネルギーを介在した>生命圏の相互扶助作用の輪(わ)がある。
(その輪の中に、ヒトの立つ位置もあり、すべての所作と祈りの原点もある)

Ⅴ 知のはたらきを示すメディア〔四印会(しいんね)〕
 ヒトは知のはたらきをからだと手と言葉を使って表現・伝達することができる。したがって、それらによって示される事柄そのものが存在の証しとなる。
 その表現・伝達は、四つのメディアによる。
 一に、「イメージ」:形象と映像(大マンダラ)
 二に、「シンボル」:象徴となる事物・事象と声音のひびき(サンマヤマンダラ)
 三に、「単位」:数量と理論(法マンダラ)
 四に、「作用」:万象の運動とヒトの行為(カツママンダラ)
 である。
 以上の四つによって、ヒトは世界をとらえ、そのとらえられた世界そのものが、ヒトの知そのものである。
 (今日の知、宗教・芸術・哲学・科学と技術も四つのメディアによってとらえられたものだ)

Ⅵ 知の根本〔一印会(いちいんね)〕
 知は生命の存在があって起こる。つまり、生命は知そのものである。その生命は、太陽のエネルギーと大気と水と植物によって活動し、遺伝情報物質<DNA>によって途切れることなく生を受け継ぎ、繁殖・進化してきた。その生命の一種としてヒト科もある。(ヒト<ホモ・サピエンス新人>は、生物の進化三十八億年の最も新しい生物として登場し、その歴史はせいぜい二万年である。だから、ヒトの認識している知といっても、それだけのものに過ぎない。しかし、認識されていないが確かに存在しているあらゆる生物の知は無尽蔵である)

Ⅶ 性の昇華〔理趣会(りしゅえ)〕
 生命存在知の現われが、あらゆる生物のもつ身体(からだ)である。そのからだ、親から引き継がれたものである。雌雄があって、その卵子と精子の結合によって子が誕生する。それは、ヒト以外の生物にとっては本能的なものであり、子孫を残そうとする周期的な生殖欲求によって為され、種の存続を叶えるものである。しかし、ヒトの生殖は、男女それぞれの個性と自我意識によって、双方の気持ちが結びつくのは容易なことでない。
 まず、男と女の性別のからだがあり、そのからだは、生物が遺伝情報物質<DNA>をもつようになった何十億年前から引き継がれ、進化してきたものである。
 そして、それぞれが存在する。その個体が、新たな子孫を残すべく、配偶者を求めることになる。それが性欲である。
 性欲によって、接触を試みる。
 接触によって、愛も生まれる。
 愛があるから、セックスに満足する。
 そのようなプロセスをもって、ヒトは子孫を残し、その愛によって子を育て、生きることができる。
 愛は、知覚(目・耳・鼻・口・からだ)の鉤(かぎ)によって釣られ、イメージの索(なわ)によって引き寄せられ、そして、判別の鏁(くさり)によって繋がり、性の歓喜の鈴を打ち振る。その愛に、ヒトは喜び、身を飾り、歌い、舞う。
 (この性があるからこそ、ヒトはこの世に生まれ、その存在によって、生きる楽しみと、そして、悟りの喜びもまたある)

Ⅷ 知の物質<作用とシンボル>〔降三世会(ごうざんぜえ)〕(作用)
              〔降三世三昧耶会(さんまやえ)〕(シンボル)
 ヒトはからだの成長力・環境適応力・気力・精力の各ちからのはたらきを制御、促進するための司令塔を、発達した大脳ではない、あらゆる動物(昆虫・魚・鳥をも含む)に共通するもともとの脳(中小はあるが)にもっている。その脳によって、ホルモンと呼ばれる微量の物質を分泌し、それらのはたらきを調整している。

 「成長力」は<下垂体ホルモン>のはたらき:他ホルモンの制御/成長ホルモンの分泌〔降三世明王〕
 「環境適応力」は<甲状腺ホルモン>のはたらき:細胞代謝・呼吸量・エネルギー産生の促進/昆虫や両生類等の変態促進〔軍茶利(ぐんだり)明王〕
 「気力」は<副腎ホルモン>のはたらき:糖バランス/性ホルモン調節/アドレナリン等ストレス反応調節〔大威徳(だいいとく)明王〕
 「精力」は<視床下部ホルモン>と<性腺ホルモン>のはたらき:体温調節/下垂体ホルモンの調節/呼吸欲・睡眠欲・飲食欲・性欲・群居欲・情動等の制御/性ホルモンの分泌〔不動明王〕

 ヒト科を含め、あらゆる動物(水棲類・両棲類・爬虫類・鳥類・ほ乳類・昆虫類)のからだと情動をコントロールしているのは、微量の脳物質<ホルモン>であると今日の科学が解明した。その根底の上にヒトの意識もある。(したがって、Ⅰ「知のはたらきの根幹」・Ⅱ「知のシンボル化」に示される知の根底には、物質の知の作用が介在しているし、その作用主体のシンボルとなるのがホルモン<内分泌物質>である)

あとがき
 世界の真実相を求めた空海の前に現れた存在とは、自然のもつ無尽蔵の知であった。その一部を知って、それでヒトはすべてを知ったと思いがちだが、それがすべてであるはずがない。そのヒトの知の境界を空海がわたくしたちに教えてくれているように思う。しかし、その知の境界を超えて、空海の世界観は広がる。
 「六大(ろくだい)無碍(むげ)にして常に瑜伽(ゆが)なり<固体・液体・エネルギー・気体によって形作られた生命の知と、それらの物質は、空間の中で常にさえぎるものなく、無限に結びつき、とけ合っている>」空海著『即身成仏義』即身の詩より
 そのような世界観を空海は説く。そして、無尽蔵の知の世界に入り込む。
 その世界は、今日の科学を生きるわたくしたちに与えられたものに他ならない。
 千二百年前に、すでに空海はその世界を洞察していた。だが、今日を生きるわたくしたちにとっての悟りは遠く、未だ"知のはたらき"の途上にある。

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