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空海の書と言語哲学

 さて、今日は私の話というよりも、私の話は5分の1か7分の1くらいで、ユニークなゲストの話を通して空海の書というものに迫ってみたいと思います。

   空海という人は仏教の体現者であり、真言密教を確立した人であり、また言語哲学者で、詩人でもありますし、当時の政界(嵯峨天皇時代)に中央の政界にもいた人でした。組織的なシナリオもいろいろもっていた。たとえば、高雄寺(神護寺)東寺(教王護国寺)という組織のリーダーでもあったし、高野山を開創するときは、地元の丹生一族などを説得して、強烈なネゴシエーターの役割を発揮したわけです。

   当時の寺は大学とホテルとミュージアムの機能を兼ねそなえた信仰の場だったと思えばよいかとおもいますが、そのような所のリーダーでもあったわけですから、大変広い活躍、活動をした人ですね。そういう中で空海全体を語るのは大変なことになります。したがって本当は多様な角度から空海を語りなおす必要があるのですが、今日はその中の書家としての空海をフィーチャーしようということにしました。

   題して「カリグラファー空海」。カリグラファーとはカリグラフをつくる人ということで、書道家という意味です。なかなか日本ではそういう言葉を使わないのですけれども、私はあえて『空海の夢』という本の中でもカリグラファーという名称のチャプターを取り上げました。カリグラファーと空海を呼びたくなった理由は、空海が非常にグローバルであるからです。インド・中国・朝鮮半島すべての文字、書法、そしてここが大事なんですけれども音声(声)にまつわる森羅万象の形、そうしたものすべてを引き取って書く書家だったからですね。

   一方、今日では、書道という言葉は残念ながら非常に狭いものになっています。本来の書道の奥行きがなかなか出にくくなってしまい、お習字という言い方と変わらないものになっています。
だからせめて空海のような天才にはあえて、グランドカリグラファーあるいはグレートカリグラファーというように呼んでみたい。今日のやや狭くなりすぎた書道に対して、その原点の広さを伝えたいという意味をこめたくて、私は好んでカリグラファーという言葉を使うようになっているんです。

   さて、最初に、カリグラファー空海にとって一番空間的にも時間的に遠い世界はインドです。仏教・密教の興った国ですね。密教という宗教文化、信仰システムはインドの小乗仏教や大乗仏教が興った後に華厳経が爛熟し、その華厳経が変質するころから南インドに芽生えてきたものです。その背景には王城都市の興隆というものがある。その華厳から密教への発展力がそのまま中国に入ってきて、独特の密教形態をとるわけですね。けれども、そこにはつねにインド的なものが響いていた。もともとあった訳ですけれども、それが大きくなったのです。そのインド・中国というものを空海は常に意識していました。

   残念ながらインドに行くまでには至らずに、長安に行って二十年計画を二年以内で見切って帰ってきたのですけれども、そのあいだに十分に国際都市長安の中でインドの香りというものを嗅いでいるわけです。中国の中のインド的なものは何かというと、なんといっても梵字です。今日はそこからだんだん入っていきたいと思います。

   梵字というのは字素の一つ一つのエレメントがさまざまに組み合わさって一つのコスモグラムとして種子になったものです。したがって、一字でひとつの世界観を象徴できるわけです。たとえば、神仏を象徴できる。
大日如来とか阿弥陀如来とか、菩薩(ボーディサットバ)とか。そういう梵字はイコンそのものです。つまり文字そのものが神像・仏像になっている。

   たとえば、大日如来という如来はもともとはいなかったわけです。バイロチャーナという華厳経の中にいた毘慮遮那仏が、マハーという「もっと偉大なもの」という意味がくっついてマハーバイロチャーナとなり、それを訳すと大日如来になったわけです。
それはある意味では毘慮遮那というものを発展進化させたものです。そして大日如来というニューウェーブの強烈なイコンにしていった。さらにそれにふさわしい梵字も作られていったわけですね。

   梵字というのは合成文字なんです。いろいろ組み合わさっている。私の用語で言うと編集ですし、もっと言えば創発です。エマージェントですね。そうやって大日如来が生まれたように、密教の世界ではこのように梵字そのものが常に新たに生まれる可能性があるんです。

   もっと根本的なことをいえば、そもそも文字というものはそのように生成しているのだということなのです。

   そのような目で弘法大師空海の書を見ると、今までの単に書道家空海としてだけではなくて、空海がそのころ作りつつあったカリグラフィックな書が見えてきます。しかし、そうした目で空海の書を見ている人は少なかったし、あまりいなかったのです。

   これからお呼びする綾部さんは、空海の書法の中に実は梵字の切り継ぎや結び合わせのようなものが潜んでいるのではないか、それは一書の中にですら発見できるのではないかということを研究されてきた方です。

   先ほど私は長沢さんとの話の中で、「『聾瞽指帰』という文章の頭の文字の書き方と最後の書き方が変わっていることに驚いた」という話をしましたが、それが空海の書の中で刻々と変わっているのですね。これから綾部さんにお話ししていただくのは、空海の書の一字の中にすら、切り継ぎがおこっているのではないかということ、だからこそ空海があれほど書聖として騒がれ、日本の書のすべてをやってしまったと言われるのではないかということなどです。

   だんだんカリグラファー空海の事情が見えてきたと思いますが、なかなか空海という人を上手に書道界が議論していないんですね。

   密教というものと書が強力に結びついていることが普通の書道界からすると、それだけで面倒なのです。ところが、禅と書はうまく結びついたんですね。禅というものも宗教で、禅僧の書道の成果を墨跡と呼ぶのですが、禅の書道(墨跡)にはわりと入りやすかった。入りやすかった理由は茶の湯とか連歌とか能楽などが禅の墨跡をたくさん取り上げたからです。そして五山文化という禅の大きな文化の背景が京都と鎌倉にありますが、これがメディアアートに非常に関心を持って五山の開版といっていろいろな文字印刷をやった。

   そういうこともあって、ある意味で、禅は書の流通に関しても、アートに関しても寄与しました。そして茶の湯のような生活文化にまで手を出しました。
そんなわけで、禅と書というものはあいかわらず書道家・書道界の中でもわりと近い。ところが密教は、本当は言語哲学にも深く入りこんでいるし、「いろは歌」や「五十音図」のような文字言語システムにも多大な業績をあげているのですが、空海の書が最初にあまりに巨大にそびえてしまったためか、密教教義が神秘的で難しすぎたためか、書道文化や生活文化とうまく交流しきれなかったんですね。というよりも、空海の書を「大師流」と呼んでその真似をするばかりになってしまったわけです。

   しかし、私の好きな慈雲飲光(じうんおんこう)という江戸時代の密教者がいるのですが、この密教僧はとても素晴らしい書を書いている。慈雲飲光は密教者でありながら「雲伝神道」という奇妙な神道を伝えたりしている人です。中世以降の密教は、伊勢神道と習合したりもしていますからね。こういう人もいることにはいるのですが、全体としては「大師流」という十把ひとからげの書道の派になってしまっていたわけです。

   みんな密教に敗けてしまっているのかもしれませんね。空海から密教に入っていこうとした瞬間に密教の電気的な多様な力にビリビリしてしまって、そこに届かないということがよくあるのだと思います。

   しかし、そのように見ないで、むしろ空海の一書そのものの中に電気があり、霊気もあり、マントラそのものがその一字にあるのだということを見ていったほうがいいんじゃないかと思います。

   これから21世紀、まさに「密教21フォーラム」の名にふさわしい時代がくるわけですが、それには空海の原点をもう一度、ちゃんと確かめたほうがいい。もっと大胆に空海の書を見ていくチャンスもそこにあるのではないかと思います。

   そのような意味で今日は梵字を創っていただき、空海の霊書の一文字の中にもスライドを通して入っていただいたわけですが、後半は浅葉さんを迎えて、アジア全体の中で日本の書というものがどのようにあるべきか、どのように面白がるべきか、あるいは現代のタイポグラフィーの中に空海は生きているのかということまでちょっと寄ってみたいと思います。

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