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中国によるチベットの「文化的虐殺」に抗議する

 3月10日、チベット(中国ではチベット自治区)の首都ラサで僧侶や民衆による大規模な騒乱が起きた。ちょうどダライ・ラマ十四世が亡命を余儀なくされた「チベット動乱」から49年目の日、1988年~90年に党書記としてチベットの反中国・反漢族運動を戒厳令によって鎮圧した今の胡錦濤国家主席が全国人民代表者会議において国家主席に再任された当日であった。
 この騒乱に呼応するかのように、中国の国内(四川・甘粛・青海各省のチベット族自治州)をはじめとしてカトマンズ・ニューデリーほか世界各国の主要都市でチベット人の抗議行動が拡大した。
 これに対し中国当局は、治安部隊を動員して騒乱を武力で抑え、強権を発動して報道管制を布くとともに、騒乱がひとえにチベット独立を画策するダライ・ラマ法王一派の暴徒の仕業で政府には何の非もないことを内外に印象づけるためラサにおける民衆の破壊活動の映像を公表し、温家宝首相は全人代終了後の記者会見でダライ・ラマ法王が関与していると声高に非難した。しかしNGOや民間人が撮った治安部隊の武力行為や死者の映像が海外メディアに流れるとやっと治安部隊の発砲による死者が出たことを認めた。
 外国メディアの排除を国際社会から批判されていた中国は、やむなく3月27日、ラサの限定的取材を当局監視のもとで認めたが、ジョカン寺に入った取材陣に対し「ダライ・ラマ法王は騒乱に関係ない」「私たちは自由が欲しいだけだ」「中国政府が(ダライ・ラマ法王が騒乱を策謀したと)いうのはウソだ」と若い僧たちが当局の逮捕・拘束を覚悟の上で訴えた。
 50年以上も中国人(漢族)に政治・経済の実権を牛耳られ、人口の半分を漢族に占められ、独自の宗教・文化・習俗・言語といった民族のアイデンティティーを次第に侵蝕され、民族文化喪失の危機に立たされ、チベット人の反中・反漢の感情や忍耐は限界に達したのである。
 この騒乱の広がりに際し、ダライ・ラマ法王は外国メディアを通じ「チベットの文化的虐殺が起きている」「騒乱が収まらなければ、法王を引退する」(つまり、私が法王を辞めればチベット族の人々は精神的な支柱を失い、私が指導してきた非暴力主義を捨てて暴動を辞さなくなるだろう。しかも、それは世界中で起る。そうなれば中国は北京五輪どころではなくなる。話し合いによる解決をめざしている私を排除することは、中国政府にとっても利がない)と訴えた。
 国際社会とくにソ連共産主義の強権支配を経験したポーランド・チェコ・エストニアは北京五輪開会式のボイコットを表明したほか、すでにイギリスのチャールズ皇太子は欠席を表明し、フランスも欠席の選択肢を捨てていない。一方、中国との関係を悪化させたくないアメリカは、胡錦濤国家主席に対しダライ・ラマ法王との直接対話を要請したが、中国は聴く耳を持たない。
 私たちは一昨年の秋、来日中の法王にお願いをして「慈悲ー仏教徒からの世界平和と人権救済のメッセージ」と題する特別講演会を開催し、世界に向け観音の化身である法王の慈悲の心をアピールし同時に法王とチベットの平安を祈念したところであるが、このたびの騒乱に照らし改めて中国によるチベットの「文化的虐殺」「政治的抑圧」に強く抗議するとともに、中国が図体ばかり大きくガラの悪い子供のような成金国家を早く卒業し、平和の祭典であるオリンピックを開催するにふさわしい大人の国であることを内外に示すためにも、法王の言う「高度の自治」をチベットに認めるよう求めるものである。
 チベットは本来チベット人(族)が統治するべき国であるが、すでに7世紀の635年には唐に服属させられている。当時は吐蕃といった。しかし唐の態度はきわめてゆるやかで、逆に吐蕃はたびたび唐の領内に侵攻するなど従順ではなかったため、641年、皇女の文成公主をソンツェン・ガンポ王に降嫁させるなどして懐柔に努めたくらいであった。空海もいっしょだった第十六次遣唐使の一行が長安に着いた時、吐蕃の使節も朝貢にきていた。
 現在の中国による実効支配は、孫文による辛亥革命後の中華民国の時代に、法王が中国の宗主権を否定しチベットの独立を主張して容れられなかったことにはじまる。共産主義革命後、他の少数民族自治区と同様にチベットに漢人の党委員会書記が最高責任者として任命され、教育の実権をにぎって共産主義思想を民衆に植えつけ、宗教はイデオロギーの一つであるとし、共産党独裁の政府方針に合わないイデオロギーを認めない立場から、封建的な迷信をなくす名目でチベット仏教にも介入し、聖職者を次々に追放して寺院を当局の管理下におき財産や宝物を没収した。これに反抗をする者はみな分離独立分子とみなし徹底的に弾圧した。すでに120万人といわれる犠牲者が出ている。
 1980年代になり改革開放によって経済が発展すると漢人の間に拝金主義が横行し、寺院の宝物や骨董や床石までが買いあさられ、あるいはチベットの埋蔵レアメタルも開通した青蔵鉄道で運び出されているともいわれるのに、チベットの人々には何らの経済的な恩恵もなく奪われるだけである。
 ダライ・ラマ法王庁初代アジア太平洋地区担当代表をつとめテレビにもたびたび登場するペマ・ギャルポ桐蔭横浜大学教授によれば、中国の実効支配は時刻の設定にまで及び、チベットの時刻は北京時間に合わせなければならないことになっているという。すなわちチベットでは、北京との時差が3時間もあるというのに、まだ明るいうちに夕食を、朝は真っ暗なのに朝食を食べなければならないのである。
 チベットは今自治区とは名ばかりで、民族性喪失の危機に立たされている。このたびの騒乱はむしろ中国当局がチベット族の不満を利用し五輪前に不平分子を捕らえるためにしかけた挑発行為ともいわれている。チベットに通じる主要な道路や周辺の自治州には軍の車列が多数目撃され、精鋭部隊まで投入されているという。民衆が蜂起し暴動を起せば、当局の思うつぼであろう。法王が訴えたように非暴力・自制が何よりの武器である。国際社会の中国批判とともに冷静な抵抗行動をとることが最上である。
 このたびのチベット騒乱に対し日本の既成仏教各宗は日中友好の建前からであろう中国への遠慮がめだつ。曹洞・浄土・真宗二派・日蓮宗は公式サイトで声明を出したが全日仏の事態憂慮と武力によらない問題解決への期待というあたり障りのない表明に右へならい。真言各派・天台・臨済はどうしたことか公式サイトに声明すら見えない。
 わが大師が在世なら、何と言うだろう。おそらく、一党独裁と強権支配を諌め、多民族の多様とその相互融合を説き、チベット族と漢族との対立構図を解消し、法王の言われる「高度の自治」を実現して互いが共存する、唐のような大人(たいじん)の国になるように提言するであろう。
 日本の福田総理は対中気兼ね外交の第一人者らしく、チベット問題とオリンピックは分けて考えるべきだという。この総理には理不尽な成金国家に対し言うべきことも言えない小心はあっても、チベット人の民族性喪失の危機に対する深い同情もないとみえる。アジアの大国日本の見識として、中国がオリンピックの開催国にふさわしい品格ある国かどうかを国際社会が問い直すことになる、くらいのことがどうして言えないのか。靖国神社に参拝しない理由を聞かれ、「相手(中国)が嫌がることはしない方がいい」と答えた総理である。この人は、中国のご機嫌をそこねないためなら、中国の理不尽や不誠実に何も言わず目をつぶってニヤニヤしていられる人なのだ。今の日本における日中友好の実態を象徴している。

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