密教でいう曼荼羅に、通称「金剛界(九会)曼荼羅」と「(大悲)胎蔵(生)曼荼羅」の二種がある。
(大悲)胎蔵(生)曼荼羅
「金剛界(九会)曼荼羅」は、いわゆる『金剛頂経』に説かれる「金剛界大曼荼羅」と『金剛頂経』の「金剛界品」「降三世品」に説かれる「七種の曼荼羅」と『理趣経』(『金剛頂経』十八会の第六会に当る)に説かれる「理趣経曼荼羅」とを集めて1枚の布や紙に描いた仏尊の集合絵図である。
全体が九つの区画(会)から成り、まん中の「成身会」から時計回りに、そのすぐ下の「三昧耶会」、その左の「微細会」、その上の「供養会」、そのまた上の「四印会」、その右の「一印会」、その右の「理趣会」、その下の「降三世会」、そのまた下の「降三世三昧耶会」がある。「成身会」はいわゆる四種曼荼羅の大曼荼羅に相当し、「三昧耶会」は三昧耶曼荼羅、「微細会」は法曼荼羅、「供養会」は羯磨曼荼羅に相当する。
「金剛界大曼荼羅」に当るまん中の「成身会」には、中央の輪には智拳印に住する主尊毘盧遮那(大日)如来と四波羅蜜菩薩(金剛波羅蜜、宝波羅蜜、法波羅蜜、業(羯磨)波羅蜜)が、下・左・上・右(東・南・西・北)の四つの輪には四如来(阿閦・宝生・阿弥陀・不空成就)と、それぞれに四菩薩ずつ(金剛薩埵・金剛王・金剛愛・金剛喜、金剛宝・金剛光・金剛幢・金剛笑、金剛法・金剛利・金剛因・金剛語、金剛業・金剛護・金剛牙・金剛拳の十六大菩薩)が、四つの輪の間には内の四供養妃菩薩(金剛嬉・金剛鬘・金剛歌・金剛舞)と、外側の方形の四隅には外の四供養妃菩薩(金剛香・金剛華・金剛灯・金剛塗)が、その四方の中央には四門護(四摂)菩薩(金剛鉤・金剛索・金剛鎖・金剛鈴)の合計三十七尊、そして四隅に地神(東北)・水神(西南)・火神(東南)・風神(西北)が描かれている。
「金剛界(九会)曼荼羅」は九種の曼荼羅を集合させて、大日如来の「智」のはたらきの表現として、凡夫衆生の菩提心の展開と仏智の諸相を開示している。
「(大悲)胎蔵(生)曼荼羅」は、いわゆる『大日経』の「具縁品」「転字輪曼荼羅行品」「秘密曼荼羅品」による。「大悲胎蔵生」とは、中央の毘盧遮那(大日)如来を子宮(胎蔵)に見立て、大慈悲の行を行う諸尊をそこから出生させるという意味である。
全体が三つの区画(三重)から成っていて、第一重には「中台八葉院」「遍知院」「金剛手院」「持明院」「観自在院」の五院、第二重には「釈迦院」「文殊院」「除蓋障院」「虚空蔵院」「蘇悉地院」「地蔵院」の六院、第三重には「外金剛部院」の一院、合計十二院がある。
第一重の「中台八葉院」には大きな八葉蓮華が描かれ、その中央に法界定印に住する毘盧遮那(大日)如来、上(東)に宝幢如来、南(右)に開敷華王如来、西(下)に阿弥陀如来、北(左)に天鼓雷音如来が、東南(右上)に普賢菩薩、西南(右下)に文殊菩薩、西北(左下)に観自在菩薩、東北(左上)に弥勒菩薩が配されている。
「中台八葉院」の東(上)の「遍知院」には「遍知印(一切如来智大印)」のほか七尊が、南(右)の「金剛手院」には「金剛手菩薩」のほか三十二尊が、西(下)の「持明院」には「不動明王」のほか五尊が、北(左)の「観自在院」には「観自在菩薩」のほか三十五尊が描かれている。
第二重の「釈迦院」には「釈迦牟尼」のほか三十九尊、「文殊院」には「文殊菩薩」のほか二十五尊、「除蓋障院」には「除蓋障菩薩」のほか九尊、「虚空蔵院」には「虚空蔵菩薩」のほか二十八尊、「蘇悉地院」には「不空供養宝菩薩」のほか八尊、「地蔵院」には「地蔵菩薩」のほか九尊、そして第三重の「外金剛部院」には四方天(火天(東南)、涅哩帝王(羅刹天、西南)、風天(西北)、伊舎那天(東北))、四天王(持国天・増長天・広目天・多聞天)の護法神のほか、九曜・十二宮・二十八宿などが外側の周囲に描かれている。
曼荼羅(曼陀羅・マンダラ)とは、「マンダ(真髄・本質)をラ(有する)もの」というのが原意だと言われるが、さらに言えば「諸々の仏を生み出す本質を有するもの」となろう。「輪のように円いもの」(「輪円」)とも言われる。
これを具体的に言えば、曼荼羅とは密教の行者が瞑想のなかで得たサトリのヴィジョンであり、ヒンドゥーの神々までが仏尊となって集合している法界の相関図である。密教は、サトリの世界を、あるいは仏の世界を、このようにビジュアル化して見せた。
空海はこの可視化・言語化を重視した。大乗のサトリの「言亡慮絶」説を越え、空海の「果分可説」の言語哲学は東寺の「立体曼荼羅」をつくった。これこそ、空海自身が瞑想中にいつも心に描いたマンダラそのものではなかったか。
◎曼荼羅・・Coming Soon...















