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上野千鶴子著『在宅ひとり死のススメ』の考察 New

 上野千鶴子というマルクス主義フェミニスト学者が「死」の解決がつかずあえいでいる。彼女は「女性学」のパイオニアでフェミニスト論に忠実に生きてきた。女性の自律と自立を、生きる最大の価値としたために、非婚女性で家族も子どももいない。いわば天涯孤立の東京大学の名誉教授でありながら、地位も名声も財も築いた社会的成功者である。そして現在74歳。ようやく老後の行く末に気がついたようで『在宅ひとり死のススメ』(2021・文春新書)のベストセラーを出版した。どうすれば独居女性が在宅で幸せに死ねるかという指南書のようなものだが、果たして在宅老人の救いの書となるのか。

 本稿は終活のやり方、老後の生き方、死の受け止め方、女性学の問題点、結婚の本質、仏教論、唯物論と唯心論、金子みすゞとの対比、三島由紀夫との類似点、愛と始原と未来など、現代人の見失いがちなさまざまな問題をとりあげる。
 「無知の知」からソクラテスは「汝自身を知れ」と言ったが、後期高齢者となった私も「無明」の自己を省みながら「在宅ひとり死」を考えてみた。

序章 上野千鶴子との対決

 15年前、上野氏は『おひとりさまの老後』(2007・法研刊)が世に出てベストセラーになり、講演で全国を飛び回っていた。広島市にも来た。私が出かけて行ったのは、日頃から上野氏の言動に肯定できないものがあったからである。当時女子中高生のブルセラや援助交際などが流行っており、それらに妙に理解を示すようなことを言っていたからだ。例えば援助交際を素敵なネーミングだとか、子供たちが「オヤジ転がし」というのを、転がす女性の方に主導権があるとか言っていた。
 妻と学習塾を営み、同じ年頃の子供たちを教えていた私は、こういうひとヒネリした言辞は思春期の子どもに悪影響を及ぼし危険にさらすと感じていた。トップ学府の教育者がそのような思想を上流で流すと、下流では行動基準のタガが外れると思ったのである。卑猥な四文字言葉もおおっぴらに言える社会にしようというフェミニスト学者に心底腹が立っていた。
 こういうと上野氏はそれこそ昭和のオヤジだと茶化すだろう。しかし危惧は外れていなかった。思った通りスマホの時代では出会い系サイトやSNSを通して、十代の娘たちが軽いノリで犯罪に巻き込まれる事件が後を絶たなくなった。
 『在宅ひとり死のススメ』のp.17に「高齢者を『おひとりさま』と呼び替えて、胸を張って自称することができるようになった功労者に、上野を数えてほしいと思います、えっへん。」とある。ならば「援助交際のあげくに犯罪や被害にあった少女を増加させた罪の加担者として、上野を数えてほしいと思います。しょぼん。」とはならないのか?

 さて、会場の受け付けには直売用のベストセラーが積み上げられており、ファンと思しき女性達がぞくぞくと集まっていた。上野氏は、『おひとりさまの老後』が現在70万部(2007年当時)突破しましたと自慢してから語りはじめた。
 「女性は老後連れ合いと死別すればおひとりさまになる。私はもとからおひとりさまですが、みんな最後は同じおひとりさまだと気がつきました。なんだ、私と同じじゃないか。私は"シングル・アゲイン"といっています。おひとりさまようこそ、おかえりなさいと歓迎しています」と嬉しそうに語り、おひとりさまの老後について得々と講演した。
 質疑応答になった。会場の多くのファン女性がヨイショ意見を述べるなか、私は彼女がどう出てくるかと思いつつ質問した。というのも、彼女はその頃ケンカ上野で名を馳せており、オヤジをことごとく論破することで有名だったからだ。例え講演の聴衆でも容赦しない。

 私は冒頭「あなたは間違っている」と発言した。「おひとりさまはみんな自分と同じだといわれましたが、冗談じゃない!まったく違う。あなたのようなババアを誰が介護してくれますか?(聴衆クスクス笑い)。介護士でしょう。あなたは老後にその人たちの恩恵を受けることになるわけだ。介護士たる人材は誰から産まれ、誰が育てた?苦労して子育てをした肝っ玉母さんたちだ。老後の見た目は似ていても、あなたのような非婚バアサンと、子どもを育て上げたバアサンとは本質的に違う。私と同じだとは失礼な話です。
 林業では木を切りっぱなしにはしない。次世代のために植樹をするから日本の国土の70%の森林面積は古代から変わらない。秦の始皇帝の時代、青々としていた中国大陸が砂漠化したのは、樹林を採り尽くした大陸民族だということぐらい知っているでしょう。あなたは木を切り取るだけで植樹しない人。若い頃から搾取、搾取と騒いでいたが、これこそ究極の搾取だと思うがいかが?」

 上野氏は何と答えたか。「・・・広島にはすごい人がいるのですねえ・・・お言葉肝に銘じます(黙)」だった。ケンカ上野の反論はどうした?聴衆の面前だぞ!会場から拍手が沸き上がった。私に対してではなく、追い詰められた上野氏への応援団の拍手である。衆目の面前で何とか巻き返したかっただろうが、彼女は反論しなかった。意味を了解したように感じたが、こんなバカを相手にしたくないと思ったのかもしれない。
 以来私は心の片隅で上野氏とケンカを続けている。そこへ今度は『在宅ひとり死のススメ』の出版である。「オヤジ転がし」の少女たちのその後同様、この本をまともに受けて、晩年「こんなはずじゃなかった」と後悔する人たちが出てきやしないかと危惧する。本当にススメられる本なのか?今度は質疑応答のようなものではなく、きちんと形に残るように反論しようと思った。これが本稿の執筆動機である。

第1章 終活とは何か

◆「終活」の進め方

 上野千鶴子氏は「社会学」をもとにして膨大な本を書き、講演活動や様々な分野での論争に加わり発言をしてきた。しかし少し智慧が不足しているように感じる。智慧なき社会学者の言動は自己矛盾と本末転倒に陥るようだ。
 私は以前このサイトで<『終活なんておやめなさい』の愚(1)(2)>を書いた。仏教評論家ひろさちや氏は「仏教に葬式も墓もない。終活なんてしなくていい」という。上野氏も『在宅ひとり死のススメ』p.3~4で「死後の世界などまっぴら。葬式やお墓などの『終活』にも、何の関心もありません」と断定する。この人たちに共通した「愚」は、「終活」を死後の始末だけに限定していることである。
 「終活」という言葉が使われ始めた頃は死後始末の意味が強かったが、現在は「安心して老後を送るため元気なうちから準備しておくこと」というのが一般的な認識になっている。死後の準備だけでなく、老後をよりよく生きるための活動のことである。具体的にいえば身辺整理や終の棲家の決定、医療や介護についての要望など、老後に備える生前中の「準備」を意味している。つまり「老いじたく」のことなのだ。

 しかし、上野氏は当該書で「葬儀は密葬で、遺骨は散骨にしてほしい、と遺言状には書いてありますし、遺言執行人も指名してあります。散骨場所は国内某所(略)」と述べる。墓が散骨になっただけで、これは「終活」そのものである。関心がないのならそのまま放っておけばよい。在宅の「孤独死」として行政が処理してくれる。そのほうが論理一貫、自己主張として潔い。智慧なき社会学者の自己矛盾の一例である。

「終活」の参考になると思うのでエッセイストの如月サラ氏の文章を一部紹介しておく。

 「必要なことには、存命中の安否確認、施設入居や入院の際の身元保証人、財産管理を代行してもらう事務委任契約、認知症などで判断能力が不十分になった場合の後見人を決めておく任意後見契約、死後の届け出や葬儀・納骨の手続き、遺品整理などを任せる死後事務委任契約などがあります。これらをひとつひとつ事前に自分自身で誰かに頼んでおくことは難しく、解決法として注目されているのが元気なうちに代行を取り決めておく「生前契約」です。主にNPO法人や財団法人などの民間団体が提供しており、サービスはパッケージになっていますが、基本費用が約100万円からと高額でオプションをつけるとさらに金額が上がります。また、契約すると、毎年年会費や手数料がかかる場合が多いので、説明会などに足を運んでよく確かめ、周囲の人にも客観的に意見を聞くなどして慎重に検討しましょう。行政書士や弁護士なども生前契約を手がけている場合がありますので、聞いてみるのもいいでしょう。近年は自治体の支援サービスも広がりつつあり、例えば東京都の外郭団体である東京都防災・建築まちづくりセンターの「あんしん居住制度」では見守りサービス、葬儀の実施、残存家財の片付けを提供しています。ただし、この制度では施設入居や入院の際の身元保証人にはなってもらえません。今後制度拡充が望まれる分野なので常に最新情報を得ておきましょう。」(日経HP)。

 「おひとりさま」が「在宅ひとり死」に臨むにあたって「上野本」よりはるかに役に立つ。私も少し追加しておく。

 ① 資金計画の作成
 ② 生活のダウンサイジング
 ③ 緊急連絡先(身元保証人)入院中のサポート確保
 ④ 特殊詐欺防止のための任意後見人の活用やその確保
 ⑤ 終末期の医療処置の希望の文章化
 ⑥ 尊厳死宣言公正証書の作成
 ⑦ 自宅の整理は遺言執行者にはできないから、「終活」サポートと死後事務委任契約を締結しておかなければならない等々

 これらは子供がいる人はほとんどクリアできるが、彼女のような天涯孤立の「おひとりさま」には喫緊の課題である。「在宅ひとり死」を勧めるわりに実務的な内容があまりにも少なすぎる。

 週刊文春(2021年4月8日号)は「在宅ひとり死を迎える10の準備」というキャッチフレーズで『在宅ひとり死のススメ』を紹介している。「高齢者のひとり暮らしは年々増え、2040年には高齢者世帯の40%が独居となる見込みだという。そんな中「在宅ひとり死」に注目が集まっている。どうすれば施設や病院でなく、ひとりでも自宅で幸せに死ぬことができるのだろうか。必須の備えを徹底解説する」というものだ。
 『在宅ひとり死のススメ』の裏帯にはこう書いてある。<施設でもなく病院でもなく大好きな自宅で自分らしい幸せな最期を迎えたい。その準備と心構えをお伝えします。「おひとりさまの最期」を支える医療・介護・看取りの最前線も紹介。意外とお金もかかりません。ワタシ、ウエノも、最期は「在宅ひとり死」でゆくつもりです。>
 その準備と心構えこそが「終活」なのである。遺産・墓・葬儀は終活の一部で、ここから入る人が多いが、いろいろ考えているうちに多義に渡ることに気がつく。老後の人生設計を明瞭にしていき自分なりの「終活」を進めていけば良いと思う。

◆ 仏教から考える「終活」

 上野千鶴子氏(1948―)は現在74歳、老化を感じてこんな本を書いたのだが、そのようなことは2600年も大昔にお釈迦さまが説かれている。生老病死である。お釈迦様は人生を生苦・老苦・病苦・死苦と言われた。「苦」とは「思い通りにならない」という意味である。ならば人は「苦」を自覚したうえで生きなければならない。「思い通りにならない」ものだが、智慧ある「終活」をすれば満足度の高い老後をおくることはできる。老、病、死を考えることは高齢者の危機管理になるからだ。

 人は本来「○○活」を日常として生きている。就活、婚活、労活、育活、学活がそうである。そして高齢になれば「終活」である。上野氏の望む「幸せな在宅ひとり死」の準備もまさに「終活」である。ただ能力が衰えてくる晩年の「終活」は、これまで以上に慎重を要する終盤の「活動」なのである。
 2019年、池袋暴走事故を起こした元トップクラスの官僚・飯塚幸三は「終活」でコケたといえる。免許の自主返納も「老いじたく」=「終活」のひとつであるが、88歳まで車の運転をやめなかった。人生の軟着陸で大惨事を起こし、一族もろとも天国から地獄へ転落することになった。それだけでなく暴走車は母子二人のかけがえのない命を奪った。仏教の戒めの第一は「不殺生」だが、「終活」を甘くみるとここまでの大罪を犯すこともある。

第2章 『在宅ひとり死のススメ』への反論

上野千鶴子著『在宅ひとり死のススメ』表紙
◆「在宅ひとり死」が万人に可能か?

 さて彼女の主張には多くの問題がある。注意しなければならないのは、もっともらしく見せかけた言葉のごまかしがあることだ。大好きな自宅で自分らしい幸せな最期を迎えたい。そのような最期を実現できるのは上野氏のような富裕層で、そうでない高齢者が真に受けると、取り返しのつかない状況を招くことがある。
 彼女はベストセラーを連発する物書きでもあり、眺望良好なタワーマンションに居住し、豪華な別荘も所有し、愛車BMWを乗り回す裕福な方である。自己顕示欲を満足させるためか、華麗な生活ぶりをテレビで公開するなど、まるで成金の「見せびらかし」のような余裕まである。だから「ブルジョア左翼」「赤い貴族」などとアンチ上野から揶揄される。
 介護保険の不足分を実費で補える裕福な方には可能かもしれぬが、年金頼みの一般の高齢者が、自宅で死ぬまで豊かな老後生活費をどうやって賄う?年金の他に、老後は最低2000万円の貯蓄が必要だと大騒ぎしている世の中で!現役世代が高齢者になる頃にはそれでも足りないだろう。これは予測できる若者の将来のことだが、上野氏の「未来学」には書かれていない。

◆巧妙な落とし穴

 『週刊文春』2021.5.6・13は上野氏の提灯記事を掲載した。「在宅ひとり死」実践者に学ぶという見出しで『在宅ひとり死のススメ』が紹介されている。「人生のフィナーレは施設や病院でなく、慣れ親しんだ自宅で自分らしく迎えたい。社会学者の上野千鶴子氏が提唱する『在宅ひとり死』を望む高齢者が増えてきている。では、どのような準備をすれば、実現できるのか。看取りのプロなどの体験をもとに徹底解説。」というキャッチコピーがついている。
 まず学ぶべき実践者として紹介されたのは、数々のヒット作品を世に送り出した脚本家の橋田壽賀子氏(享年95)だ。彼女もひとり暮らしだったが、老後は24時間見守る看護師を雇い、数人のお手伝いさんが入れ替わりで彼女を支えた。この人も莫大なお金を稼いでいたから実現できたのである。庶民が学ぶべき実践者にはほど遠いことぐらい誰でもわかる。
 記事にはもちろん、庶民へのアリバイ作りに一般人の「在宅ひとり死」の自己負担額の実例も紹介されている。●ケースA(61歳)死亡前月22,799円、死亡月71,634円。●ケースB(87歳)死亡前月36,668円、死亡月24,583円とある。確かに庶民でも出せる金額だ。上野氏も実際に80代の女性が在宅死でかかった3か月の費用の集計表を掲載している。(p.70)

 しかしこれらは読者を欺く目くらましである。週刊誌は亡くなるまでのたった2か月分、上野氏は3か月分の自己負担額に注目させているからだ。
 著書は「在宅ひとり死のススメ」である。であれば死を迎えるまでは「在宅ひとり暮らし」を続けなければならない。老人の「ひとり暮らし」の費用という最も肝心な部分に触れられていない。死亡の直前3か月だけが老後ではない。『週刊文春』、上野氏両者ともに、死に至るまでの「介護費用」や、ひとり住まいの老人に起こり得る様々な「リスク」も提示しない。
 在宅死とあるかぎり生涯自宅に住み続けることになる。ローンは返済ずみでなければならない。また賃貸住宅では大家が高齢者を嫌がる場合が多いので身元保証人を用意しておくか、家賃保証会社との煩雑な契約が必要となる(終活)。

 また介護が必要となった頃、自宅は足の踏み場もないほどモノで溢れかえっているのが一般的である。転んで骨折するのは70%が自宅である。だから導線上の障害物の撤去をするなどの断捨離も早めにした方がいいが、そんな注意事項もない。
 それどころか上野氏は「何よりあばら家だろうがゴミ屋敷だろうが、住み慣れた自分の家に最期までいられるほどお年寄りにとって幸せなことはない」(p.76)と、どこまでも「在宅ひとり暮らし」を勧める。あばら家の雨漏り、水漏れ、漏電等々全く考えない。電球の切れた暗い部屋の中でひとり長い夜を過ごすお年寄りは幸せか?エアコンが壊れたら命の危険すらある。高齢者が最期まで気ままに暮らせるという冷酷さには怒りさえ覚える。

 家族が同居していれば多少リスクは防げるが、介護は家族がいても支えきれなくなる。まして足腰が弱くなって立ち上がれなくなったひとり暮らしはどうするか?上野氏は介護保険を利用せよというが、介護保険はオールマイティーではない。ホームヘルパーが来てくれるといっても、1日数時間に過ぎない。無料でもない。介護保険の枠内でも1~3割の利用者負担がある。
 そのことは彼女自身がp.69で「日本の介護保険はもともと独居の高齢者が自宅で死ぬことを想定していません。」「利用の上限を超えて使おうと思ったら一挙に10割に跳ね上がります。」と書いている。つまり介護保険を利用しても経費がかかることを知っているのだ。だがその内実は掘り下げず、死ぬ3か月前の負担額に読者の注意をそらせている。
 高齢者は死を迎えるまでに要支援1から要介護5まで7段階を経て徐々に重度化していく。彼女自身、「フレイル期間の平均は、男性が8.84年、女性が12.35年」と書いている(p.46)。つまり長い老後を覚悟しなければならない。死の直前2、3か月分の自己負担額ぐらいで賄えるものではない。これが巧妙な落とし穴である。直近自宅で死ぬだけなら「在宅ひとり死」は可能だが。

◆世間の実例①

 両親と同居していた俳優の三浦友和さんがその経験を「我が家の場合、医者やケアマネジャー、訪問介護、訪問医療の方々の助けを借りてなんとかやってきた。だが介護にお金がかかりすぎます」と語っている。三浦友和・山口百恵夫婦のようなハイクラスの家庭でもこのようなものだ。これは「誰にでも降りかかる『引きこもり』と『介護』の親子問題」という見出しで、小説家の林真理子氏と三浦友和氏が、8050問題や夫婦間題について対談した内容である(『週刊新潮』21.5.6.13)。

◆世間の実例②

 さまざまな問題には高齢者の日常的な不安もある。私が知るひとり暮らしの女性は「雨の日に病院に行くのはどうしよう。倒れたらどうしよう」など様々な不安を語った。彼女は田舎住まいで、病院も買いものも自分で車を走らせる。逆に都会のひとり暮らしの女性はフレイル対策に懸命で毎日出歩いていた。市内の「認知症カフェ」で孤独や認知症の不安などを高齢者同士の交流でまぎらわそうとしていた。

 私と同年の友人がいる。夫婦で92歳の母親を在宅で介護していたが、目が離せないので外出が減った。介助に加え、家事労働もあり息つく暇もない毎日だ。心も身体も時間も拘束され、周囲からは孤立し、ストレスが募り、ついに介護うつになった。老人ホームに入れたらどうかとアドバイスしたが、奥さんや母親本人が嫌だと言う。先入観が先立ちホームの実態を知らないままに拒絶していた。これも上野氏が「老人ホームは刑務所だ」と煽り立てるからだろう。彼女はホームをピンからキリまで取材や調査をして実態を知っているが、その報告は負の側面ばかりである。著書の第3章・施設はもういらない!日本を収容列島にすべきか?(p.66)に詳述。

 p.65では施設の悪徳業者を取り挙げ、たたみかけるように脅す。しかし「在宅のリスク」、例えば住宅修理の悪徳業者や独居老人を狙った詐欺などについてはほとんど触れないか軽い扱いだ。バランスが取れていない。「在宅ひとり死」の声を大きくしようとするのは、「私欲」を隠して「社会的要望」に見せかけるためである。行政は少数派にはあまり目を向けない。介護に人材も税金も投入してくれなければ「私、ウエノが困る」。まもなく後期高齢者になる彼女には時間がない。独居老人を糾合し、声を上げる必要に迫られているのである。だから学界やメディアまで巻き込んで大騒ぎをする。著書のp.5に「『介護される知恵』を分かち合う・・・ご一緒に考えるための手がかりにしたい・・・」や、p.17の「単身世帯が増えることは食い止められない。それを嘆いたり脅したりするよりも、どう前向きに対処すべきかを考える方が大事です(要旨)」というのは賛成だ。そこを掘り下げ「知恵」が書かれているならこの本を出す意義は大いにある。

 しかしp.16~17にかけて、『単身急増社会の衝撃』(2010・日本経済新聞社・藤森克彦)の報告や、『無縁介護』(2012・現代書館・山口道宏)の老い・孤独・貧困・単身老後の「在宅」問題。次作の『ドキュメントひとりが要介護になるとき』(現代書館・2019)等々について頭から否定するのはよくない。リスクを予めしっかり調べ、覚悟を決めたうえで「在宅ひとり死」を選択すべきだろう。そのあたりを曖昧にしておくと、高齢になるにつれて少しずつ不安の影が忍び寄り、押しつぶされはしまいか。特にメンタル面である。上野氏自身が「死への不安や恐怖」についてユーチューブで語っている。「終活」を広く言えば具体的な準備の他に、「死」に対する精神的な準備も入る。それには宗教的側面が入ってくるので章を改めて後半で語りたい。

第3章 上野千鶴子の女性学の原点

 仏教の本質は「自分の頭で考えよ」ということだ。こう言えば上野氏は「自分の頭で考えた」というだろう。しかし知識の量と智慧とは別である。学問知識は智慧があってこそ正しく生かせるものである。智慧とは依法不依人・法灯明・自灯明のことである。依法不依人=人(思想)に依らず、法灯明=法(真実)を依り処にし、自灯明=自分に依れということである。上野氏がいかに自分に依らなかったか、自分の頭で考えなかったかについて検証してみる。

 上野氏は団塊の世代で、京都大学時代は全共闘活動家だった。自分を「深窓の令嬢」だと吹聴しながら、その令嬢サマ(開業医の娘)がプロレタリア革命のマルクス主義にのめり込む。プロレタリアートでもなく実感もないのに、学生運動に入るところは依法不依人の逆である。
 上野氏がフェミニストの立場から男性を茶化すのは常套手段である。日頃から男性をオヤジ、オヤジと書き、オッサンと呼んだりする。男女平等を叫び、男女共同参画社会の実現に貢献しながら、あえて男性を小馬鹿にしたような呼び方をする。よほど男性に恨みや憎悪を抱いているのだろうか?
 抱いているのである。戦闘的フェミニストになったのは私怨だと自ら言っている。「完全に私怨です」上野千鶴子はなぜフェミニストになったのか 若き日の恨みつらみは全部忘れない (2ページ目) | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

 その原点は京大全共闘活動で体験した男尊女卑にあるという。全共闘の男子学生は同志の女性闘士を下女のように扱い、性処理の対象にまでしていた。そこに男性に対する私怨が生まれたそうだ。しかもその私怨は全共闘活動よりもっと根が深い。成育歴である。彼女は父親をワンマンで癇癪持ちの開業医だからお山の大将で社会性ゼロだと吐き捨てる。両親の仲は最悪で、そんな父親に仕える専業主婦の母親に対して、自分は苛烈な批判者であったと語っている(上野千鶴子と下重暁子との対談)。上野千鶴子&下重暁子 子供を持つことが「耐えられない」理由 | NEWSポストセブン

 両親との愛憎や確執、全共闘活動の私怨を動機とした「女性学」であれば、当初から私怨学問となる。無論経験が専攻する学問のきっかけだけならよい。しかし、その後確立した「女性学」に偏向性が多すぎるとすれば問題であろう。『在宅ひとり死のススメ』はそういったル・サンチマンをこめた「女性学」を基に書かれている。歪んでいるのは彼女の「女性学」が実体験にもとづいていないからである。結婚の経験もない、夫の世話をしたことも、子どもを育てたこともない。親の介護すらしたことがない女性が夫婦論や介護を論じているからだ。実際に体を張って下の世話などの介護をした人なら、まず間違いなくこの本に嘘臭さを感じるだろう。この体質は「深窓の令嬢」がマルクス革命に走った学生時代と根っこは同じなのである。地に足が着いていない知識学者のススメ話を真に受けていいものかどうか。

第4章 イデオロギー左派と実存の左派

 上野氏の言論に実体性の薄さを感じるのは、おそらくイデオロギーと実存の違いではないかと思う。その理由を私の実体験を基に述べる。

 私は引揚者の貧乏な家庭の息子である。長男・長女・次男・三男は満州生れ。生後間もない三男はロシア軍の略奪と食糧難のために餓死した。父母は残った三人の幼子を連れて裸一貫で内地へ引き揚げ、半年後に私が産まれた。2歳下の妹は医者に診せる金がなくてまた死んだ。
 そのような家庭だったから、私は中学を卒業したら自活するのは当然だと思っていた。中学生の拙いアタマで、経済的に自立をし、勉強もさせてくれる会社はないかと模索していたころ「自衛隊生徒」を見つけた。これは陸・海・空にある自衛官の養成制度で、通称「少年自衛官」とも言った。(1950年に創設され2010年3月に廃止)一種の集団就職のようなものだが、少年とはいえ国家公務員である。全国の採用選抜試験に合格すれば、4年間、座学(術科と普通学)と諸々の訓練を受けて衣食住はタダ。しかも高卒の資格も取得でき、公務員の給料も支給される。これだ!と思った。

 私は海が好きだったので「海上自衛隊生徒」を受験。私の時は募集定員120名で、競争率20倍。合格者121名。「少年術科学校」の同期の卒業者は78名、脱落者43名であった。「少年術科学校」は「旧海軍兵学校」のあった広島の江田島にあり、海軍兵学校と同じ4年間、徹底的に海兵式の教育を受けて卒業、全国各地に配属された。(水上艦隊・潜水艦隊・航空隊・情報・調査など)
 艦隊勤務から東京近郊の陸上部隊に配属先が変わった私は働きながら大学に通った。自衛官、大学生の二束のわらじである。その頃東京で女子大生に出会った。まだ沖縄が本土に復帰する前の頃でパスポートを持っていた。現在の妻である。
 大学卒業後彼女は沖縄へ帰り私は東京に残った。二年後、彼女との結婚許可を願いに一人で沖縄に行った。
 その時には自衛隊を退官し私企業に勤めていた。しかしあの反戦感情の強い沖縄の娘を嫁にする??しかも妻の母親は沖教組の教師であり、伯父は「沖縄タイムス」の編集長を経て専務まで勤めた人である。親戚には「米軍基地反対」をスローガンとする政党の議員までいる。伯父の母親(妻の祖母)は先の戦争で息子二人を失った。一人は特攻隊だと聞いた。伯父は沖縄戦ではまだ学徒だったために、鉄血勤皇隊に入って米軍と戦い右腕を失った。

 妻の両親にはヤマトンチュー(本土人)よりもウチナンチュー(沖縄人)に嫁がせたい思いがあった。そういう両親を説き伏せてくれたのは、なんと「沖縄タイムス」の伯父である。「自力でここまでやってきたのは偉いじゃないか。認めてやらなければ・・・」という言葉を彼女の両親は受け入れた。右腕を失った伯父には本土が沖縄を戦場にしたという憎しみもあった。そんな方が自衛官出身の相手との結婚の後押しをしてくれた。妻の両親も祖母も伯父もイデオロギーで反対した人は一人もいなかった。悲しみと生活苦の中に実存してきた人々はイデオロギーなど超えてしまうのだ。

 大学の全共闘活動は、親のすねかじりの学生がイデオロギーに毒されて革命ゴッゴで遊んでいるようにしか見えなかった。そんな暇があったら実存してみろ!自分で「深窓の令嬢」だという上野氏は必然性のない全共闘活動をし、成田闘争にも参加している。
 一方私は、当時米ソ冷戦下においてソ連軍と戦っていた。配属先は日本海を守る舞鶴港の第三護衛隊群。ソ連軍のカシンやキンダというミサイル巡洋艦が霧の中から現れて、わが艦隊と並走する。その頃の護衛艦はまだ艦砲がメインだった。しかも一発撃ち込まれた後でしか応戦できない専守防衛である。乗組員は撃沈されるのを覚悟で総員戦闘配置についた。艦長も副長も緊張で目を引きつらせ、乗組員はみな沈められるまで戦う気でいた。三日三晩ソ連の潜水艦を追いかけて、遂に浮上させたとき、その原水艦の巨大さに目を剝き、思わず足がすくんだこともある。給料と引き換えの命懸けの仕事である。国土・国民を守るために!左派も守るために!

 アナタは実存のプロレタリア左派か?一度でも貧乏人と共存してきたか?生活苦を知っているのか?開業医の父親と母親を非難し反抗をしながらも、京都大学まで上げてもらっているではないか。彼女に感じるのは「自分の頭で考えていない」ということだ。大学の先生や先輩たち、本などによって知識を得、影響されて単に行動に走ったのではなかったか。依法不依人を生きていないと思うのだ。法=真実に依れ、人(イデオロギー)に依るなとは「自分の頭で考えよ」ということである。
 イデオロギーは道を誤る。若い人たちは大人やメディアを安易に信用してはいけない。日本のメディアは学生運動にシンパシーを感じ、そして間違えた。「よど号ハイジャック事件」(1970)はそれ以前のメディアによる北朝鮮は「地上の楽園」だという嘘の報道を背景に起こされた。「山岳ベース事件」「浅間山荘事件」(1971)「テルアビブ空港乱射事件」(1972)が起きてようやくメディアは学生運動にエールを送ることをやめた。
 彼らはみんな有名大学卒だが、知識学問の人は失敗することがある。だが実存人生を送る大人は比較的信用でき、頼ることもできる。人生経験が豊富だからさまざまな知恵や方法を教えてくれる。また支援団体や援助機関にもつなげてくれるだろう。このことを頭の隅に置いて「実人生」を歩んでほしい。書物も悪くはないが、大切なことは身近な人を見て学べということである。

 さらに流行のモノにすぐには飛びつくなといいたい。『在宅ひとり死のススメ』もそうである。週刊誌はトレンディーな社会記事を書くが、それがすたれば正反対の意見の学者、知識人を連れてくる。上野氏のようなもの書きは一過性のホットな社会問題ばかり売っていると考えたほうが良い。
 依法不依人(人に依らず法に依れ)。空海に引きつけて言えば、空海は今のイデオロギーのようなもので動いたことは一度もない。法灯明の「法」(真実)に生きた人である。乞食坊主(私度僧)の頃は律令的(体制側=右派)でもあり、反律令的(反体制側=左派)でもあった。「実存の右派」であり「実存の左派」である。空海の生き方や教えが地に足が着いているから、国家も庶民もあれほど弘法大師を身近に感じ尊崇したのだ。
 空海の学問は書物の学問ではない。当時の大学者であったが、実践の裏づけのない知識学問だけでは役に立たない。空海が学問を「カス、ガレキだ」と言ったのはそういうことだ。何事も頭で理解するより腹で理解せよ。「知る」と「わかる」は別である。実存している身近な人から学べ。

第5章 孤独に直面する老後

 私には80歳過ぎても「在宅ひとり暮らし」をしていた叔母がいた。定年後は習字塾を営み、近所の子どもたちに囲まれていた。地元には友達も多く、短歌や詩吟や大正琴をたしなむなど、趣味の多い闊達な人だった。ひとりで寂しくなかったのか?叔母の短歌集からいくつか抽出する。

 ● 暗闇に 吾の命を 見る如し 蛍が光り 消えてゆきたり
 ● 庭の闇に 蛍が一つ 光りをり 逢ひに来たるらし 戦死の夫
 ● 雨風の 音もせずして 雪降れり 湯のたぎる音 のみの我が部屋
 ● 一日中 ものを言はず 夕暮れて 雪を呼ぶ風 戸を打ちやまず
 ● 独り居の 吾死にたれば 死後何日 すぎといふ事 あるかもしれず
 ● 吾の死は いつ来るのだらう 灯を消して 眠り待つ間の 暗闇の中
 ● 一生に 一度願ひが 叶ふと云ふ 位牌を掴み 願ふ吾の病
 ● 眩暈して 眼をとぢをれば 死神が 吾が前通る 急ぎ足にて
 ● 死神は ゐる筈なしと 思へども 眩暈で倒れ あるとぞ思ふ
 ● 死神が 前後左右に けはいして 家にこもれり 足のもつれに
 ● 倒れゐる 吾を見つけて 死神が お前は死ぬぞ と囁きて去る

 これらは歌集の中から孤独と死の不安を詠んだ歌をピックアップしたものだ。叔母の内面を想像しても、「在宅ひとり暮らし」が最高だとは思えない。誤解のないように明るい短歌も添えておく。

 ● 雀らが 米くいひて 目白らが 蜜柑を食ひて ゐる庭に日の照
 ● ソ連兵に 追はれ逃げ切り 引き揚げて 吾の歌集の 祝に坐る
 ● 本渓湖 鞍山大連に 長く住み 今お大師様の ひざ元に老ゆ

 叔母は週三回のヘルパーの助けも受け、自治体の緊急コールボタンも設置し、ありとあらゆる手段を講じていた。しかし脚が立たなくなり24時間の介護は無理だと思い、「在宅ひとり死」を待たずに娘の勧めるホームに入った。そこでは短歌や書道を教えて人気者になり、93歳までボケずに生きた。「長い自宅暮らし」から「短い施設入居」という選択肢もあるということだ。さらに家を管理する人がいれば「ホーム・病院・在宅死」も可能だ。
 老人の悩みで訴えられるのは「死ぬこと」よりもさびしさだ。元気な時は友達付き合い、デイサービス、趣味などでまぎれていたことが、歩けなくなり一日中家にいて孤独に直面させられる。上野氏の言うとおり「在宅ひとり死」は可能だろうが、その前の自由に外出できない長い在宅暮らしをどう過ごすかが問題なのである。あれやこれや思考することが辛くしんどいのである。むしろ死ぬ前1~2か月の方が「やっと楽になれる」と思うのではないだろうか。

 私が結婚し家族をつくることをススメるのは「老人の孤独」を解消する一つの手立てとなるからだ。但し、夫婦でいることが逆にストレスになるのでは本末転倒だ。お互いが支え合い癒される存在になるためには長い時間がかかる。本当の信頼関係が築かれていなければならない。
 作家でエッセイストの下重暁子氏は『家族という病』(2015・幻冬舎)で「配偶者は他人」と、夫婦を否定的に述べる。確かに家族による暴言、暴力などで苦しんでいる人は多い。つらい経験から家族をつくることをためらったり、拒否したりすることは理解できるし痛ましいと思う。しかし、家族の価値を全面否定し個人の自立性を強調しすぎるのはどうかと思う。だから次に結婚論や愛の問題を述べてみたい。

第6章 結婚の本質と社会の原点

◆歪んだ夫婦観

 非婚者の上野氏は「老後はおひとりさまが一番幸せ」と主張し、それを実証するような本に出会い感激したと紹介している。辻川覚志(さとし)氏の『老後は一人暮らしが幸せ』(2013・水曜社)である。
 辻川氏は大阪府下で開業している耳鼻咽喉科医。通院してくる高齢者に調査を実施し回答を得たものだ。子どもがいても世帯分離しているおひとりさまが多いそうだ。上野氏はその医師の調査結果からふたり世帯の満足度(幸福度)は最低だという。ふたり世帯とは、上野氏にとっては老夫婦所帯を意味する。

 調査事例をいくつか列挙すると、

 ● 「夫はまったく人の話を聞かない。自分の思い通りにしか行動しない。反論するとすぐに大声を出すので、話ができない」(60代前半 女性)
 ● 「夫は、家族の病気には関心を示さないが、自分が検診で少しでも異常が見つかると、どこの病院にかかるかと大騒ぎする」(60代前半 女性)
 ● 「退職してから家事は一切手伝わず、文句だけ言うようになり、うっとうしい。一日中パソコンをやっている。夫の存在自体に腹が立つ。一日中、気が滅入る」(70代前半 女性)
 上野氏はまるで鬼の首でも取ったかのように、「この本に出てくる事例には『あるある感』満載だ」と喜んでいる。

 事例を妻に聞いてみた。すると、「そうよ、そうよ、わかる、わかる。男ってそんなところがある」と言った。私もそれほどひどい男かと絶望しそうになったが、妻はそのあと「それでみんな離婚したの?」と聞いてきた。「それは書かれていない」というと、「それじゃあデータにならないよ。上野さんがそれを真に受けるのは、結婚したことがないからよ。夫婦の機微がわからないのよ」と言った。
 従妹のバアサンにも聴いてみた。すると「ヒトに亭主のこと聞かれたら不満や悪口を言うもんや。それで女子会や井戸端会議も花が咲く。自分が亭主とラブラブで~す、なんていう人はおまへん。それでも夫婦をまっとうするもんや」だった。

 上野氏の天敵である林真理子氏も『週刊文春』のエッセイ「夜ふけのなわとび」では夫の悪口だらけだ。しかし結婚30年である。娘さんを独立させた後も、ケンカ相手?の夫と暮らしている。上野氏は前掲書の中の別例を読んでこうも書いている。「なのに、夫を見送った妻はこう言います。『あれほどけんかばかりして、早くあちらに逝けばよいと思っていた夫が突然に逝ってしまうと、寂しい(60代後半 女性)』。夫婦とはわからないものです(苦笑)。」と。インテリセンセイには、夫婦愛も苦笑に過ぎないのだろう。はたして夫婦とはそれほどたわいのないものなのだろうか?

 セラピーやカウンセリングには、ストレスの実態を知るためのストレスランキングというものがある。よく知られている「ライフイベントにおけるストレス度測定」のことである。可能性のあるライフイベントのストレス43を取り上げて重圧度を点数化したものである。

ストレスランキング - ホームズの社会的再適応評価尺度

 その上位三位が夫婦に関するものである。
 上野氏も当然知っているはずだが、そこには触れず辻川医院のデータをもとにして夫婦生活を貶す。何が何でも最低だと言いたいようだ。

 同じ東大の教授であった西部邁が、配偶者の死を悼んで後追い自殺をした。西部は「私は、今、長年の連れ合いに先立たれて、自分の人生は実質的に終わったのだと強く感じている」(2015・『表現者』)と絶望を告白して自裁死を実行した。ノムさんこと野村克也監督は「僕が安心してプレーできるというのも、家庭というバックボーンのお陰である」と述べていた(自著『運鈍根』)。いかに夫婦が大切かを語るものであろう。沙知代夫人が亡くなったあと急に老け込んで、ノムさんも後を追うように逝った。夫婦で過ごした時間が幸せだったから喪失した時の絶望がストレスになる。ではその辛さを回避するために「おひとりさま」を選ぶのか? 個人の自由だが、私は結婚して良かったと思っている。

 辻川氏の話に戻ろう。彼の二作目『ふたり老後もこれで幸せ』(2014・水曜社)に上野氏は大喜びし、三作目の『続・老後はひとり暮らしが幸せ』(2016・水曜社)に推薦文を書いている。辻川氏の調査結果、「ひとり暮らし」と「ふたり暮らしの家庭」の満足度・悩み度・寂しさ率・不安率・を比較グラフ表示したもので、そのどれもがひとり暮らしに軍配が上がる。

 上野氏はそれ見た事かとばかりにこう結論づけている。「満足のいく老後の姿を追いかけたら、結論はなんと独居に行き着いたのです。老後の生活満足度を決定づけるものは、慣れ親しんだ土地における真に信頼のおける友(親戚)と勝手気ままな暮らしでありました。」と書き、「慣れ親しんだ家、金持ちより人持ち、他人に遠慮しないですむ自律した暮らし、を唱えてきた自分の主張とみごとに重なる」(p.33)と言う。そして『在宅ひとり死』をススメるのである。そもそも辻川氏の調査の、都市の近郊住宅地に住む、中流で比較的健康な高齢者という「前提」が十分なデータといえるのか疑問である。私の実感ではデータは中途半端であるということだ。「前提」が崩れた場合の結果はない。満足度の高さは「前提」が保たれている時に限定されるのだ。

 私も、広島市中心部より少し離れた一戸建てに夫婦で住んでいたので、その快適さは十分わかる。死ぬまでここに住み続けたいと心から思った。しかし「死」が確実にくることを思えば、その「前提」もまた崩れると思った。上野氏の本は『在宅ひとり死のススメ』であって「ひとり暮らし」そのものがテーマではないとはいえ、掘り下げ方が身勝手で読者に対して不親切である。「真に信頼のおける友(親戚)と気ままな暮らし」が満足のいく老後だと結論づけているが、それがなぜ夫(妻)ではないのだろう?友や親戚と「真の信頼」を築ける人が夫や妻とは築けないのか。何がどう違うのか。「友や親戚との勝手気ままな暮らし」というが、実際に暮らしてみると、夫や妻と同様に不満が出てくるのではないか。逆に人生の苦楽を共にしてきた夫婦にできないことが、友人や親戚とは築けるという上野氏に甘さを感じる。「本当に困った時」に助けてもらえるような人間関係を築くには長い年月がかかる。それは夫婦も友人も同じだ。

◆結婚の意味

 学生時代、私たちは人間成長の節目のひとつに結婚があると考えた。「育児」が「育自」といわれるように、家庭をもつことは自分育てになると思ったからである。とはいえ、ままならないのが人生だ。さまざまな事情で結婚に至らなかった人もいるし、自らの意志で選択しなかった人もいる。それは個人の自由で尊重されなければならない。しかし結婚そのものを否定して欲しくはないし、やはり人生の中心に据えたいと願うものだ。相手を思いやり支え合う中で人間は成長していく。結婚することでわかることは多い。
 私たち夫婦に子供はいない。欲しいと願っていたが縁がなく恵まれなかった。ただ若い頃、子供を健やかに育てるには、夫婦は円満でなければならないと何度も話し合っていた。夫婦仲が悪いとどうしてもそのひずみが子供に現れる。夫(妻)の満たされぬ思いは「エゴの愛」となって幼い命に向かう。自己の支配下に置き自由を阻む。溺愛や虐待、価値観の強要等々である。エーリッヒ・フロムの「愛は自由の子」の逆をいくと思った。

 愛とは人をあるがままに見、その特異な特性を知る能力である。愛の要素―尊敬―のことである。尊敬とは相手がその人自身としてありのままに成長し、発達すべきであるという相手への関心を意味している。つまり自分自身の方法で成長し、発達することを望むものである。愛は自由の子であり、決して支配の子や搾取の子ではないのである(『愛するということ』(1959・紀伊国屋書店・エーリッヒ・フロム)。
 アドラーは「私」、「あなた」よりも上位のものとして「わたしたち」を掲げる。「ふたりが幸せでなければ意味がない」、「愛は利己と利他のどちらも退ける」と述べている。これは私たちの中心テーマだった。一般的に「私」を主張し過ぎると支配的になり、「あなた」を優先させると自己犠牲となり、結局その関係は壊れていく。「わたしたち」になるためには夫婦は同心円になる必要がある。結婚生活の日々の積み重ねとは、別々の二人が徹底的に向き合い、離れた半円を一つに近づけていく作業であると考えていた。
 だから、下重暁子氏が著書で述べる事には反対だ。「私と連れ合いとは、共に暮らし始める時、相手の中に入り込まないでいようと思った。・・・暮らしを共にすることはあっても、心の中までは踏み込まない。」の部分である。法律的には婚姻しているのだが、これは本質的な意味での結婚ではないと私は思う。
 塾の教え子が年頃になり、「結婚するのにこの人が運命の人って、どうしたら分かるのですか?」と質問してきた。妻の答えは「だれでもいいから身近な人と結婚しなさい。50年連れ添ったら、その人が運命の人よ」だった。フロムは「愛するということは決意であり、決断であり、約束である」といっている。妻は結婚生活を維持できないほどひどい相手でないかぎり、縁を大切にしなさい。自分の意志と決意の有無が大事だと言いたかったのだろう。
 ということで、長屋の八っつあん、熊さんのように、派手なケンカをしても元の鞘におさまるような夫婦を目指そうと話し合っていた。

◆良き社会とは?

 家庭が社会の最小単位だと言う人は多い。つまりそれを形成する男女二極が最小単位だということである。私たちはそうは思わなかった。大学で卒論の口頭試問のとき、担当教官と社会の最小単位について議論した。私は「四極構造」だと言った。別々のカップルが向き合うときに最小の社会が生まれると主張したのである。
 一組の夫婦による家庭は社会を形作るピース、小片のようなもので、まだ社会とは呼べない。それは家族であって、プライベートな単位は社会ではない。もう一組の家族と出会うときに他人との交差が始まる。社会というパブリックな最小単位が生まれるのはその時である。つまり2組の夫婦(カップル)で形成される四極が最小単位であると。その原理は、卒業論文を書きながら、まだ学生の妻と結婚論を交わしていたときに思いついたもので、社会を進化させるのは社会革命か人間革命かと考えていた時だった。

 社会を構成するのは人間である。ならばよき社会をつくるにはよき人間を育てなければならない。その基盤は家庭である。そのためには夫婦は同心円で円満でなければならない。結婚が社会を形成するという原理を話した。議論相手は「近代文学」の故本多秋五先生(1908-2001)。プロレタリア研究に精通した方で、議論は一致しなかったが、力作と評してくれ「優」をもらった。それに励まされ今回久しぶりに述べてみた。
 私がそう考えたのはマックス・ピカートの『ゆるぎなき結婚』の「太古人類には結婚があった」という一節がベースにあったからだろうと思う。50年以上前に読んだ本なので定かではないが「結婚は神の秘蹟である」ともあった。
 余談だが、ピカートの哲学は後年出会った密教の秘典『理趣経』を理解するのに役立った。『理趣経』では大日如来(宇宙の真理)が男女の愛は菩薩の位だと説いている。

 「社会学」とは「未来学」でもある。上野氏のように、「オヤジとはこういう勝手なものだ」「専業主婦とは虐げられたものだ」と断定をしたり、下重氏のように「家族は病だ」と言ってしまえばそこで終わりである。先に結婚の意味を考え、理想的な結婚像に向かって生きる方が発展的な「未来学」だと思うが、夫婦の一心同体を「対等合併ではなく夫の側に妻が吸収される吸収合併だ」という上野氏には通じまい。

第7章 "私利私欲"の学問

◆平等に貧しくなろう

 以前、東京新聞・中日新聞『この国のかたち2017』に掲載された上野氏の「平等に貧しくなろう」発言が若者の間で炎上したことがある。批判の多くは「お前が率先して貧しくなれ」と言うものだった。彼女のような団塊の世代は、高度成長の波に乗り、現在の若い世代には得られない多くの豊かなものを得た。

 しかし自分たちはそうしたものをまったく手放そうとしないまま未来の世代には「平等に貧しくなれ」と言う。若者からすれば、そんなものは「搾取」であり、テイカーだというわけだ。昔、私が上野氏に突き付けた「究極の搾取」を思い出した。

 「テイカー」とはGIVE&TAKEの受け取る人のこと。新しい心理学用語で、常に多くを受け取ろうと行動する、自分の利益を優先していくタイプである。パソコンで検索したらこの言葉が使われるようになったのは、ペンシルベニア大学ウォートン校のアダム・グラント教授の著書「『GIVE&TAKE』与える人こそ成功する時代」(三笠書房)がきっかけだとある。

 彼は人間性を次の三つに分類する。ギバー(与える人)テイカー(受け取る人)マッチャ―(帳尻を合わせる人)。その中で最終的に成功するのはギバーであると結論づけている。ここでの成功はビジネスのことであるが、人生の中でも言えるのではないかと私は思う。

 「私利私欲の女性学」から出発した上野氏が「他人の利益を搾取することで、自分の利益を得ようとする」生き方をした結果、結婚せず子どもをつくらず年を取った。テイカー人生の最終章で不安と戦っているように見えるからだ。ではここで上野氏の「平等に貧しくなろう」発言を聞いてみよう。


新聞記事「平等に貧しくなろう」

 彼女は人口減少期にある日本は経済成長を望めない。だから「平等に貧しくなろう」と言う。しかし「平等に貧しくなる」ことはできない。富裕層の上野氏と貧困層がどうやって平等に沈んでいける?船はふつう下から沈む。真っ先に困るのは貧困層である。さらに若者には「団塊は散々美味しい思いをして満足した。バブルも味わった。上野は功成り名も遂げた。それなのに自分たちにはみんな我慢して苦労して生きよと言っている」ように聞こえるのだ。
 また「泣いてもわめいても子どもは増えません」とまるで第三者だ。「増えない原因が自分にもある」とは考えない。今なお「おひとりさまが最高、家族はその次で、夫婦は最低だ」と煽り、人口減少に積極的に加担しているというのに。すべての人が「最高のおひとりさま」を選択して社会が築けるか?維持できるのか?子どもは石油のように埋蔵されていて掘ったら湧いてくるのか?イロハのイだ。

 そもそもフェミニストは何をした?家族を破壊し、夫婦愛を認めず、絆を断ち切り、団結力を削いで、バラバラな個人にしただけではないか。個人主義の衆愚こそが支配者の思うつぼなのである。支配者がもっとも恐れるものは被支配者の絆であり、団結力である。天安門事件や香港弾圧を見ればわかるだろう。そこまで話を広げなくても、経営者と対峙する時、個人で賃上げ要求や再分配を求められるか?「メーデー」はもう用済みなのか?
 人間は、希望があるからこそ、いま貧しくても前を向いて歩ける。貧しくなるだけの世の中では、誰も努力しなくなるし生きていけない。社会に活力を生み出そうという発想はないのか?日本が衰退しないような叡智を絞り合うことで未来は開けるのではないか。老若男女が力を合わせて豊かな社会を築いていけるような道を示すのが健全な「未来学」ではないか。

 親はみんな子どもの行く末を案じるものだ。かつて日本は貧しかった。だから日本中から移民団が海外へ向かった。地方の人たちは出稼ぎ労働者として家族と離れ都会での過酷な労働に耐えてきた。その辛さを子どもや孫に味わわせまいと必死に頑張って来た。「みんな平等に貧しくなろう」などと言う親はどこにもいない。そんなことを言うのは子ナシで生活苦を知らない上野氏ぐらいだ。子どもの未来を心配する必要がないからである。だが上野氏は教育者として生きてきた。先の言葉を発する時、教え子のひとり一人の顔が浮かばなかったのか。
 そもそも在宅ひとり死をススメながら、日本が貧しくなったら、介護福祉の国家予算はどうやって組めばよいというのだ?また「貧乏国ニッポン」に働きに来る外国人も少なくなると思うので、労働者の奪い合いになる。介護士やヘルパーはどうやって確保すると言うのか。「平等に貧しくなろう」と「在宅ひとり死のススメ」は完全に矛盾している。"私利私欲"の学問だからである。

◆異常なる承認欲求

 『在宅ひとり死のススメ』はまさに「逃げ切り」「いいとこどり」のオンパレ―ドである。いかに介護福祉の「いいとこどり」をして逃げ切れば「在宅ひとり死」ができるかという主張である。つまり、介護福祉制度・介護保険・年金を最大限に利用すれば、高齢者は「在宅ひとり死」ができ、それを薦めるという持論を拡散する。しかしあまりにも身勝手な論法が多い。

 ● 「老後はおひとりさまが一番幸せ」とのデータ
 ● ふたり世帯の満足度は最低
 ● おひとりさまは寂しくも不安でもない
など「おひとりさま」に偏った決めつけをしている。

 そして第1章の締めくくりには次のように書かれている。「わたしがメディアの関係者にお願いしているのは、『おひとりさま』のネガティブな姿ばかりでなく、ポジティブなロールモデルを示してほしい、ということ。周囲を見回してみれば、おひとりさまで機嫌よく暮らしているお年寄りがあそこにもここにも、いらっしゃいます。こういうデータやロールモデルが増えることで、おひとりさまに対する社会からのネガティブな偏見がなくなることをねがっています。」(p.37)
 昔はいざ知らず、現在でもひとり暮らしの年寄りにとって住みにくい社会なのだろうか。前出のエッセイスト如月サラ氏は「おひとりさま」の施設入居や入院などの際に困ることを具体的に挙げている。しかし上野氏が問題にしているのは世間の「おひとりさま」に対する「見方」であって、「実害」ではない。困ることがあれば具体的に改善要求をしなければならないが、ただ偏見をなくせというのは無理がある。偏見のない社会は住みやすいだろうし目指すのもいい。しかしそういうものはなくならない。生きていく上での理不尽さや不便さが改善されれば、あとは偏見の持ち主を馬鹿だと決めつけ無視するしかない。だがその偏見について、上野氏は独居世帯が急増している現状について次のように述べている。「その背後にある大きな原因は、高齢者のひとりぐらしに対する偏見がなくなったこと、とわたしは考えています。」(p.15)いったい偏見があるのか、ないのかどっちなのだ?

 第1章をよくよく読むと、彼女のホンネは別にある。それはおひとりさまの自分を大々的に承認せよということである。「おひとりさまで機嫌よく暮らしているお年寄りがあちこちにいらっしゃいます」のなら、メディアに文句を言う必要はあるまい。「ふたり世帯の満足度は最低」だなどと夫婦所帯をこきおろす必要がどこにある? 家族をつくるも未婚女性のままでもそれは個人の選択、良いも悪いもない。それぞれに不便や障害があれば取り除き改善すればいいだけのことでメディアの承認は必要ない。
 しかし上野氏はそれが不満で、もっと「おひとりさま」の自分に注目しろ!と言う。まるで「幸せ腹一杯」のバアサンがもっともっと食わせろとアピールしているようなもの。いくら食っても空腹に苦しめられるのは六道輪廻の餓鬼である。腹も身の内、少しダイエットした方がいい。ワタシは幸福だがまだ愛に飢えている。これを仏教で渇愛と言う。

 上野氏は「私は六道輪廻なんて信じていませんから~」と軽くいなすだろう。これは単なる比喩であって、心理学の話である。異常な瘦身願望に取りつかれた女性が、痩せても、痩せても、まだ痩せようとする依存的なダイエット症状を起こす。神経性食欲不振症(拒食症)のことで、原因は心理的社会的ストレスによるメンタル疾患だと言われている。上野氏の「おひとりさま幸せ論」も同じである。要するに行き過ぎはビョーキだと言うこと。原点は「欲ボケ社会学」だと言いたいのである。
 おひとりさまが憐れなのではない。承認欲求渇愛地獄を彷徨うその心と姿が「おかわいそう」なのだが、彼女はそこに思いが至らない。異常なる自己愛、承認していないのは実は自分自身だということに無自覚である限り「不治の病」である。

第8章 上野氏と死の問題

◆認知症と死の捉え方

 学生時代、初のデートで見た映画は森繁久彌主演の『恍惚の人』だった。有吉佐和子の小説を映画化したもので、二人とも同書の読後だったので見てみようかと出かけた。
 その小説について上野氏は『在宅ひとり死のススメ』p.104~105でこのように評している。「認知症に対しては恐怖を煽るような言説が出回っています。もっとも古典的なのは有吉佐和子さんの『恍惚の人』・・・読者をふるえあがらせました。」と。続けて現在の認知症に対する人々の受け止め方や、患者への対応の正視しがたい酷さをたたみかける。「認知症の『早期発見・早期治療』をもじって、『早期発見・早期絶望』と言われるほど、高齢者とその予備軍の恐怖心を煽っています。」と。医療福祉ジャーナリストや精神科医の言葉を紹介し「認知症者を・・・手ぐすねひいて待ち受けているのは、精神病院と製薬会社だからです。」と書く。

 p.106~115では「身体拘束」「室内隔離のような物理的行動抑制」「向精神薬を投薬しての生理的行動抑制」「拘束か薬漬けか、ふたつにひとつ・・・」「行動抑制という名の虐待」等々の言葉の羅列で「読者をふるえあがらせる」という表現方法をとる。自分OK、有吉佐和子NOである。読者に充分恐怖を与えた後、「でも在宅なら幸せに暮らせる」と結論づけて自分の主張に甘く誘導する。我々が小説と映画に出会ったのは二十代だったので、「早期絶望」とはならず、人生観に老、病、死がリアルに入って来た。後年仏教を知って思うことは、「死」という出口が整理できれば、死生観が180度ひっくり返るということだ。いわば十二支縁起の「逆観」のようなものである。

◆仏教VS.上野千鶴子

 「女性学」を生きる拠り所にしても、人間には究極の問題が残ってしまう。「死」である。『在宅ひとり死のススメ』には、死の恐怖を埋めようとしている著者の心が透けて見える。ワタシは子ナシ・夫ナシの天涯孤独、死に向かう老後はどうなるのだろう?...
 上野氏は仏教学者に訊ねている。「死にゆくひとはさみしいか?そのさみしさはどんなさみしさなのか?それを癒すものは、あるのか?死んだらどこへ行くのか?歩いて墓場へ行けない死者にとって、最期に自分を託せるのは誰か?...」と。(『おひとりさまVS.ひとりの哲学』(2018・朝日新書)の<まえがき>より。

 生老病死が必定であるなら、これまでの人生で一度や二度は考えるものだと思っていた私はむしろ驚いた。「死」は若い頃から頭の隅にあった。これは「ことに臨んでは危険を顧みず・・・」の職業柄(元自衛官)としてではない。実存主義(イズム=思想)でもなく、実存の「深まり」として、である。「人間とは何か?」「死とは何か?」「生とは何か?」など、人生の根本問題に煩悶してきた私にとっては、「上野センセイ今ごろ何を言い出すの?」という思いでこの本を開いた。
 対談相手は国際日本文化センターの元所長で宗教学者・名誉教授の山折哲雄氏(1931―)である。しかも仏門に生まれ僧籍もある。上野氏が参加した「日本死の臨床研究会」ですごくショックを受けたエピソードを語る。医者とナースが分科会を作って、「先生、死んだらどこに行きますか」と患者さんに訊かれた時、どう答えるかというものだ。上野氏は「山折さんならなんて答えます?」と尋ねる。
 さて山折氏は何と答えたか。自分の長年の仏教研究の過程での思考の変遷や深まりを語るのである。信仰と信心の違いだの、日本の風土の問題、日本文化論やあの世の話など、質問からどんどん離れて雑学的な方向へ拡散していく。その語りの中で、何と答えるべきか模索しているようで私は失望した。山折氏の研究には学ぶべき部分もある。しかし、誠に僭越だが、この本に限っては仏教人として実存の深みを感じなかった。

 私なら、応病与薬というように、実際に患者に寄り添うまでは言葉(薬)は選べないと答える。二、三十代の若い人と、人生経験を積んだ六、七十代の人とでは言葉は当然異なる。仏教ではこれを対機説法といい、臨機応変に対処せよということだ。山折氏の回りくどい話を聞いていると、釈迦の弟子たちの「毒矢の例え」の議論を聞かされているようで、患者は「不安の毒矢」が刺さったまま死んでしまうのではないかと思った。毒矢は抜くことが先決だと釈迦は当たり前のことを教える。
 もし上野氏個人の質問なら、「答えは自分で見つけなさい」と言えば済む。学者・研究家が書物やその道の大家に答えを訊こうとするのはいいが、山折氏はその前に最も大切なことを伝えていないと思う。それは「仏教とは人間を煩悩から解き放つもので、人間(自分)とは何かと探すこと」という核心部分である。このことさえ伝えておけば、「人は死んだらどこに行くの?」とか「死にゆくときはさみしいのか?」と他人に訊くこと自体が愚問であることに上野氏なら気が付いたと思う。

 彼女は論理的な理解力はあるので、それで事足りるはずだ。仏教が依法不依人であれば、人に訊くよりも、悟ることだと理解しただろう。また「唯識」で説けばよかったとも思う。「唯識学」は仏教の心理学、それもきわめて論理的な深層心理学なので上野氏も興味を示したかもしれない。「世界はすべて心が作り出したもの、あなたの夫婦観もそうだ」と言えば「そんな馬鹿な!」と食いついてきただろう。そこで仏教(唯識)は妄想ではなく現実主義であることも語って欲しかった。
 さらに「あなたの社会学は煩悩まみれです」とでも言ってあげればむしろ上野氏に親切であった。勝気な彼女は矢のような質問を浴びせてくるだろう。そこがチャンスである。僧侶なら堂々と受けて立ち、徐々に煩悩の意味を彼女に気づかせればよかった。例えば上野氏は「わたしも、施設などに絶対行きたくないのは、これまで、寮生活も団体旅行も好きだったことが一度もない人間が、歳とってから集団生活が急に好きになるわけがないじゃないですか」(p.170)と言っている。それなら、「それはアナタ個人の問題。そんな私的な理由で公的な施設をバッサリ切り落とすのは、自分だけしか眼中にない証拠。その自己中心を煩悩と言います」くらい言ったらどうか。
 上野氏は自らいうように確信的無神論者だが、山折氏も戦後のマルクス・ボーイで、共産党にもかなり接近したと言っている。仏教をやったのは、ある年代から目覚めた日本的な回帰心からだという。このように「実人生の深まり」から仏教に出会わない人には隔靴掻痒を感じる。

 対談は仏教知識もある上野氏に振り回されっぱなしであった。しかし彼女の知識は所詮教養レベル。それも主に鎌倉新仏教当たりの断片的知識なので仏教の核心に至らない。
 対談の最後はこうだ。上野:「ところで、本日の対談を振り返って思うのは、妄想同士の対決だったって言うこと(笑)。妄想対妄想は決着がつかないです(笑)。」山折:「うん、そろそろ終わりにしますか(笑)。」(p.205)―でおしまい。山折氏は仏教を妄想だと決めつけられて反論もしない。結局空しい読後感だけが残った。
 妄想だとする仏教も、将来は真実だったと気がつくかもしれないではないか。地動説を唱えたガリレオが天動説を教えていたローマ教皇に対する異端者として迫害を受けたが、時が流れれば地動説が正しいことが分かった。地球が球体であることもわかった。宗教を妄想だとして死に怯えて暮らすのか、地動説の証明、万有引力に気が付いた科学者や、積極的に未知の世界に乗り出した冒険者たちのように生きるのか、個人の自由だが・・・。

 戦後左翼の旗振りたちが目指したものが「妄想」であったことはほぼ知れ渡った。今時共産主義に憧れる日本人は少ない。時代が進めば何が人間の進化なのか明らかにされていく。学問の自由には、現段階の考え方を絶対化しない自由も含まれている。自分が理解できない文化を野蛮人だと決めつけ、インカ帝国を征服し滅ぼしたのはスペイン人を初めとするヨーロッパ人。アメリカインディアンを追い詰めた米国に留学した上野氏は、そんな一方的な精神まで学んできたか。
 宗教など見えぬものは妄想だという上野氏に問いたい。では逆に見えたら信じるのか?見えるようにしたのはオウム真理教だ。信者を異常な精神状態に追い込み、薬物によって幻覚を見せて信じ込ませた。実証主義の科学者たちが続々と入信した。そしてサリン事件を起こすテロ集団になった。アナタも参加したマルクス主義運動にのめり込んだ学生たちも同じだ。マルクス主義を実現した国家に行って実体験したこともない学者やジャーナリストの著作物によってその思想を信じ込む。むしろ妄想を信じたのはアナタたちの方ではないか?妄想でければ亡国を望む走狗としか思えない。

 私は自分の生き方を掴もうともがいていた結果、たまたま仏教にたどり着いたのである。そして空海に出会い、密教を知り、宇宙の大日如来によって救われた。若き空海もそのような生き方をしている。やむにやまれぬ者に如来は真実を教えようとする。願解如来真実義は真実不虚である。空海が最澄に「学問はカス、ガレキ」(『叡山ノ澄法法師理趣釈経ヲ求ムルニ答えスル書』)と言った本当の意味がここでもよくわかる。
 上野氏に全く哲学的思考を感じたことはないが、彼女は京都大学文学部哲学科出身である。そのせいか時々フーコーの哲学という言葉に出会う。であれば山折氏は構造主義から説けばもっと簡単に仏教を納得させたはずだ。
 フーコーの構造主義は原則として要素還元主義を批判し、関係論的な構造理解がなされる。構造は一つの要素が他のすべての要素との関係において相互依存的に成り立っており、構造を離れた要素は独立性をもたない。これは仏教の全体は(相互依存)によって成り立つという「縁起の理法」と近似したメタ哲学である。私が知っているぐらいだから名誉教授の山折氏ならもっと詳しいはずだ。さらに1250年も前に空海が説いた原子論(微塵論)にまで発展すれば対談はもっと弾んだかもしれない。何より、彼女が「社会学者は世俗的な生きものであの世の救済ではなく、この世の改革を願う」(p.9)というなら、はじめから密教は「現世利益」である。そもそも仏教の祖師である釈迦がこの世の改革者であったことすら上野氏は知らないのではないか。

◆死に対する不安と怯え

 上野氏は『在宅ひとり死のススメ』の帯に、「わたしは家族がいませんので基本、ひとりで暮らしています。現在72歳。このまま人生の下り坂を下り要介護認定を受け、ひとり静かに死んで、ある日、亡くなっているのを発見されたらそれを『孤独死』とは、呼ばれたくない。それが本書の執筆動機です」とある。私は、それは表面的な見栄の動機に過ぎないと思う。
 いくら「孤独死」と叫ばせたくなくても、「孤独死」と見るかどうかは他者の判断によるものだ。自分が死んでもなお他人の評価が気になる妄執の強さに唖然とする。「自分の霊魂がその辺に残って漂っていると思っただけでもキモチ悪い」(対談p.117)と言うが、本当は迷い出てでも人々の評価を確かめたいのではないか?さらにこの対談で感じられるのは、上野氏の「死」に対する強烈なおびえである。

 『在宅ひとり死のススメ』の第1章から第3章までは「おひとりさま」の優位性と自己主張と「在宅ひとり死」の宣伝。ところが第4章からは彼女の本当の動機があぶり出されてくる。第4章―「孤独死」なんて怖くない。第5章―認知症になったら?第6章―認知症になってよい社会へ。第7章―死の自己決定は可能か?第8章―介護保険が危ない!これらを裏返せば、「孤独死」が怖い。認知症になったらどうしよう?認知症になってよい社会が欲しい。死ぬとき自己決定は可能なのか?介護保険がなくなったらどうしよう。という不安と戦う彼女が見えてくる。「死」に対する潜在的な不安と怯えが強く伝わってくる。これが彼女自身の本当の執筆動機なのだと私は思う。

◆霊的苦痛の解決

 宗教を信じない者は「死」と向き合った時哀れなほど動揺する。宗教を「妄想」だという上野氏が最後にこだわっている問題は「死にゆく人はさびしいか?」である。
 (20200613 「死にゆくひとはさびしいか?」上野千鶴子 YouTube

 上記では末期患者の四つの苦痛が語られる。

 ・身体的苦痛 physical pain

 ・精神的苦痛 mental pain

 ・社会的苦痛 social pain

 ・霊的苦痛 spiritual pain

であるが、彼女は死にゆく人の「霊的苦痛」が未解決なのである。
 無神論者の上野氏は「あの世なんかあってもらっちゃかなわん」という。「ワタシの末期に坊さんや神父さんがくれば帰ってくれと言いそうな気がする」というが、それで「死」の苦痛が解決したとは言っていない。宗教を否定するならそれに代わる解決策を見つけるしかあるまい。無神論者の「安らかな救われ方」を提示しなければ霊的苦痛をのり越えたことにはならないだろう。
 上野氏は「死の受容」の研究者キューブラー・ロス(『死ぬ瞬間』)から答えを見つけたように語るが、ロスから得た教訓はただの「死に様」である。精神科医のロスが卑猥な四文字言葉まで叫びながら怒り狂う死に様に「なんでもありの境地を得た」だの「おおいなる安堵を得た」というが、それなら「ひとり死はさびしいか?」という発問もないはずである。しかし上野氏は緩和ケアの医者や宗教学者など、あちこちに「霊的苦痛」の解消方法を訊ねまわっている。無神論者としては自己矛盾だが、それにも無自覚なまま「死」の足音に怯えているようだ。

◆唯物論者上野氏の不誠実

 上野氏は「ボケこそ救い」という名言を吐いた早川一光氏(1924-2017)を在宅医療のパイオニア中のパイオニア医師として紹介している。早川氏の最期のメッセージとして『早川一光の「こんなはずじゃなかった」』(2020・ミネルヴァ書房)という本を娘の早川さくら氏が出版している。その中で父親は「あんな、わし嘘ついてたかもしれへん」「畳の上での養生が理想と思っていた。家で死ぬのが極楽往生やと」なのに「世話を受けることがこんなにつらくて悲しいとは思わんかった。それに家にいるからといって、夜の恐怖や不安がぬぐえるわけではない」と語る。その言葉に上野氏は衝撃を受けている。
 早川氏の環境状況は地域医療を共にした同志ともいえる糟糠の妻・父親思いの息子夫婦とその孫との三世代同居・信頼できる在宅医と訪問看護師の医療チーム・訪問介護や入浴など、手厚いサービスを自宅で受けたと上野氏は紹介する。理想の介護環境で「さびしいはずがない」と思えるのに、早川氏の最晩年にしばしば出る言葉は「しんどーい」「さびしーい」「こわーい」である。

 上野氏はインフラの整った在宅死でもこのような死に様があるのを知っているのに『在宅ひとり死のススメ』はそこに触れていない。それどころか、●おひとりさまは寂しくも不安でもないと書いている。読者はまるで最後に敵前逃亡をされたような不誠実さを感じるのではないか。またその不誠実さゆえに、上野氏自身が「死」の恐怖から救われていないのである。早川氏の最期の様子から、在宅であろうと施設であろうと変わりはないことが見えてきた。「死の問題」が解決されていないと老人は不安と恐怖で苦しむのである。

 高野山大学大学院には医療関係者が多く学びに来ていた。文字通りターミナル・ケアの現場で同様の質問を受けることが多かったからである。臨床心理士やカウンセラーにとってもメンタル・ケアに必要だったのである。第1章で書いた如月サラ氏の述べる老人の身元保証人や後見人、行政の支援サービスなどは少しずつ整いつつある。しかしそれは、ハードとそれを支えるソフト面のことだ。つまり社会的インフラだ。心の問題(マインド)に関しては、全くと言っていいほど支援がない。
 悩み相談でも青少年や働く人たち、性の悩みや家族問題等々の相談窓口はあり、専用の電話が設定されている。老人に特化した電話窓口を設ければよいのだが一般の人には応答は難しいだろう。「霊的苦痛」に答えられるのは、今のところ宗教家しかいないと思うからだ。仏教のみならず、さまざまな宗教に関わる人たちが、教義や立ち場の違いを乗り越えて、「老人の孤独と不安」に寄り添う機関をつくれないものかと心から思う。

◆唯物論と唯心論の違い

 唯物論と唯心論の違いは、唯物論=目に見える(ものを信じる)。唯心論=目に見えない(ものを信じる)ということだ。上野千鶴子氏が宗教を「妄想」だというのは、目に見えない霊魂やあの世などが信じられないからである。しかし彼女が問題にしているのは心の問題である。「死にゆく人はさびしいか?」や「霊的苦痛 spiritual pain」も同じことである。喜怒哀楽は全て可視不能である。第一空気は見えないが、存在を否定する唯物論者はいないだろう。

 そもそも見えないものは存在していないのか?理論物理学者のアインシュタインが「見えないものも物と同じく存在しているし、物と交換することもできる。ゼロではない」ことを提唱した。特殊相対性理論のことだ。当時は仮説だったが彼の死後も裏づけ実験は続けられ、2008年になって証明された。アインシュタインは物が消えるとエネルギーが生まれ、エネルギーが消えると物が生まれることを看破していた。眼で確認はできなくても、見えない世界から物が生まれることを彼は言い当てている。この証明がされたのは、私が高野山大学大学院で、『般若心経』の色即是空・空即是色を言語の意味を切掛けに「空」の修士論文を書いていた頃である。
 私は、アインシュタインをヒントにして「原子転換」を応用した。物は消滅して見えなくなっても、最終的にはエネルギーに転換するだけだ。 虚空は空っぽどころか、エネルギーがパンパンに充満した空間=「空」であると論じた。これが「色即是空」である。エネルギーが逆の原子転換をすればまた見える世界にモノ・コトとして顕現する。それが「空即是色」の意味である。そして、色即是空は「色即ち是れ空なり」、空即是色は「空即ち是れ色なり」ということで、「色」=「空」、「空」=「色」の相互肯定のことであると論じた。科学に近かったのは仏教の「空」の発見なのである。詳細は本サイト<空と縁起の一考察 ⑦|高橋憲吾のページ -エンサイクロメディア空海-(mikkyo21f.gr.jp)

第9章 上野千鶴子の深層心理

◆「スカラベの愛」

 スカラベとは古代エジプトの神虫、厚い鎧をもって自らの内部を覆うカブトムシのことである。インクのシミが「スカラベに見える」と三島由紀夫自身が語ったことから、彼の極度に高い意識統制がまるで堅固な心の鎧を着ている精神状態を象徴しているとして「巨大なるスカラベ」と譬えた。(詳細は三島論 スカラベの愛 三島由紀夫と密教(1)|高橋憲吾のページ -エンサイクロメディア空海-(mikkyo21f.gr.jp)に書いてある)
 三島は「心を鎧った」自分自身を自覚していた。「唯識」も理解していた。そして「自分を乗り越えよう」として正面から格闘している。文武両道が仮面であることを知りつつも一命を賭して生きた。一方上野氏は「自分に居直った人」である。仏を感じられない点は三島と同じだが、近づく「死」にあえぎながら自分を見つめようとしない。わが身の弱みを隠して、「私はこのように幸せなおひとりさまの死をむかえます」と、強がりを主張する「スカラベ」なのだ。

◆成育歴の類似と違い

 一人娘の上野氏は開業医の裕福な豪邸で父親の溺愛の下で育った。好き放題の天井知らずというから、怖いもの知らずの性格は天性のものなのだ。親に言われるまま、ミッション系の名門幼稚園に入園、富山大学附属中学校を受験し、進学している。子煩悩な父親と対立したのは大学受験の時だと伝えられる。そこから露骨にオヤジへの反逆が始まったようだ。
 さて三島由紀夫も政府の官僚の裕福な家庭で育った。しかし生まれつき病弱だったので生まれてすぐに母親から引き離されて厳格な祖母に育てられた。同世代の子供のように外では遊ぶことも出来ず幸せとは程遠い鬱屈した毎日だった。学習院初等科に入学し、高等科を首席で卒業して東京大学の法科に進んだ。頭が良かった点では成績抜群の上野氏と似ている。卒業後三島は大蔵省に入省している。そこまでは同じ東京大学出身の官僚の父親の敷いたレールを歩んでいる。三島も上野氏も枠に嵌められた成育環境であったところは気の毒ともいえる。
 しかし三島が小説家を目指してレールを踏み越えたのは大蔵省入省後、成人してからである。学生時代から全共闘運動で暴れ回ったのは上野お嬢サマ。坊ちゃん育ちの三島が「盾の会」を作ったのは41歳だ。つまり三島が自己と世間を知ったうえで行動したのに対し、上野氏は自分が何者であるか把握せず、世間知らずのまま火遊びに走ったといえる。

 この二人の違いを一言でいえば内省心の有無であろう。三島は自己を見つめて仮面をかぶった。(『仮面の告白』)。上野氏は常に世間の評価を気にしてスカラベの仮面をかぶっている。
 妻が、ぼそっと言った。「まだ幼い千鶴子ちゃんがいるのね」と。東大の名誉教授にもなり、功成り名を遂げ、何の不満があろうかと人は思うが、両親に本当の自分を愛してもらえなかった、と思い込んでいる彼女に心の平安がくることはあるまい。この思い込みが「唯識」で言う「世界は自分の心が作り出した夢・幻」の意味である。ふつうの人は、社会生活や経済活動、とりわけ子育ての経験を通して親を理解し乗り越えていくが、千鶴子ちゃんは幼いままで止まっている。73歳になった現在でも・・・。その未熟性を「スカラベの鎧」で覆い、今後も自分と世間を欺いて生きるのだろう。

◆両親との確執そして自由へ

 世の中には幸福な夫婦も大勢いるのに上野氏は不幸な例ばかりをさがす。これはフロイトのディフェンス・メカニズム(防衛機制)の中の「合理化(理屈づけ)」に当たらないか。努力しても入手できない目標の価値を低めることによって緊張の解消をはかる自己弁護である。幸福な夫婦は「酸っぱい葡萄」で、おひとりさまは自分が所持しているものの価値を最大化する「甘いレモン」だと思い込む。
 世界は心の反映。心が不幸なら世界が不幸に見える。幸福なら幸福に見える。「唯識」という仏教心理学では解明されているが、宗教を妄想だと言う彼女は聞く耳を持たない。「おひとりさま本」を書けば書くほど、ワタシは不幸なシングル女ですと、社会に向けて発信していることにも無自覚である。唯識を学んだ三島はうまく隠し世間を欺いたが、上野氏は馬脚を現わしている。

 両親を「古い家制度に縛られた人」などという誰でも考えつく落としどころで批判せず、その振舞い方に「なぜ?」の疑問をもたなかったのか。溺愛はされた、しかしそれは自分のありのままの姿を認めたうえでの愛し方ではなかった。自由になりたい、四文字言葉を叫ぶような行儀の悪い自分でもまるごと受け入れて欲しい。しかし、ここで父親がなぜ「エゴの愛」を自分に向けたのか考えるべきだった。もしかしたら父親もその両親の「エゴの愛」の犠牲者ではなかったか。それに夫婦仲の悪さが拍車をかけた。満たされない隙間を娘への溺愛で埋めようとした。

 上記は私の勝手な想像である。父親の成育歴や環境、生き方などは上野氏が一番よくわかっているだろうからもう少しましな解答が出せるだろう。要するに両親を乗り越えるには反抗・反発では無理だと言うことである。当時、両親もまた若くて未熟な人間だった。自分の求めていた愛され方ではなくても、彼らも自分の心と戦いながら力いっぱい娘を愛してきた。そう理解することで、解放され自由になると思う。さらに負の連鎖を断ち切り、新しい夫婦像を模索する生き方もできたのではなかったか。愛の支配から抜け出すには自らの意志で誰かを愛すること。それしかない。(アドラー心理学より)

第10章 詩心即仏心

 ジェンダーフリーをとなえる文化人や市民運動家は「みんなちがって、みんないい」と言う。だれもが平等であることを根拠にして人権侵害や偏見をなくすことを目的としている。LGBTQを認めるのもそうである。今でも流行しているこのフレーズは明治時代に金子みすゞが、『私と小鳥と鈴と』で唄ったものだ。西條八十が高く評価した若き童謡詩人である。

『私と小鳥と鈴と』
私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、地面を速く走れない。
私がからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、たくさんな唄は知らないよ。
鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。

 かつて日蓮宗日朝寺の住職尾崎文英氏が、「この詩はどのような人が読んでも、世界中の人が読んでも、『なんと素晴らしい詩でしょう』とその感動を訴えてくるのではないか」と絶賛した。「みんなちがってみんないい」という存在の肯定は、この詩人がまず存在するものはみんな好きだからである。なぜ好きなのか?みすゞは唄う。

『みんなを好きに』
私は好きになりたいな、なんでもみいんな。
葱もトマトも、おさかなも、残らず好きになりたいな。
うちのおかずは、みいんな、お母様がおつくりになったもの。
私は好きになりたいな、誰でもかれでもみいんな。
お医者様でも、烏でも、残らず好きになりたいな。
世界のものはみいんな、神様がおつくりになったもの。

 万物は神がつくったから好きだと言っている。神は必要があって創造物に差異をもうけた。だから「みんなちがってみんないい」のである。LGBTQもすべて肯定される。文化人たちの言論より、私には受け入れやすい。上野氏が霊魂や彼岸を否定するのは見えぬものを信じないからである。金子みすゞはこのように唄う。

『星とたんぽぽ』
青いお空の底深く、海の小石のそのように、
夜がくるまで沈んでる、昼のお星は眼に見えぬ、
見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ、
散ってすがれたたんぽぽの、瓦のすきにだァまって、
春のくるまでかくれてる、強いその根は眼にみえぬ、
見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。

 唯物主義者は「草に根があることぐらいわかる」というだろう。しかし彼女は、星やたんぽぽの根の話をしているのではない。「神仏の存在」を語っているのである。みすゞは社会学とは全く別次元で「神と人間の心」を見つめているのだ。宗教を否定する唯物主義者にはそこが理解できない。上野氏は死ぬときは「さびしいか?」と問いかけるが、この若い詩人はすでに答えを出している。

『さびしいとき』
私がさびしいときに、よその人は知らないの。
私がさびしいときに、おともだちは笑うの。
私がさびしいときに、お母さんはやさしいの。
私がさびしいときに、仏さまはさびしいの。

 これがみすゞの答えだというのは「私がさびしいときに、仏さまはさびしい」からだ。つまり仏さまが寄り添っているというのだ。仏はともに悲しみ、ともに喜ぶ。「同体同悲」である。この世のすべてのものと別れるから死はさびしい。しかし神仏と共にあると実感する者には救いがある。「神様がおつくりになった世界のものがみんな好きだ」と唄う彼女の心には、神仏の世界が次のように映る。

『蜂と神様』
蜂はお花のなかに、お花はお庭のなかに、
お庭は土塀のなかに、土塀は町のなかに、
町は日本のなかに、日本は世界のなかに、世界は神々のなかに。
そうして、そうして、神様は、小ちゃな蜂のなかに。

 この詩を読んだ瞬間、私は一即多・多即一のことだと思った。一即多とは一匹の蜂は神々の世界(全宇宙)に宿り、多即一とは全宇宙は一匹の蜂の中に宿るということである。この一即多・多即一というコスモロジーは『華厳経』が説く極めて奥深いものだが、みすゞはまるで童謡のように唄う。
 華厳の上をいく密教とは「密なる教え」のことである。宇宙の精神(神々)は偏在しており、それは「秘密語」として自然現象のなかで語られる。そのわけは、宇宙の中心、法身大日如来の根源的生命は万物の命にも宿るからだ。(これを表現したのが胎蔵界曼荼羅)森羅万象は法身大日如来の化身でもある。すなわち「小ちゃな蜂のなかに」すら神は宿っているのだ。それを感得する感性が神仏の説法をキャッチする力である。例えば「蜂即神」と観じる力である。「蜂即神」ならば「人即仏」である。空海は『即身成仏儀』の中で詳しく述べているが、みすゞは詩によって直感的に迫っている。天才的な詩人は神仏の声に感応するからだろう。

 五大に皆響きあり 十界に言語を具す 六塵悉く文字あり 法身は是れ実相なり
 『声字実相義』にある空海の有名な言葉だ。五大(地大・水大・火大・風大・空大)地球の基本的な構成要素にみな響きがあるという。六塵の文字とは、要するに現象の「文字」のことである。いわば如来の説法は十界に「文字」をもって説法する。
 人間の立場からいえば、大日如来は、この宇宙や大自然の森羅万象が明かす「文字」を通して説法していると観じる。これが「秘密語」である。五大の響きが、みすゞには「見えぬものでもあるんだよ」も「みんなちがってみんないい」も「この世のものは神がおつくりになった」と聞こえてくる。

『日の光』
おてんと様のお使いが、揃って空をたちました。
みちで出逢ったみなみ風、(何しに、どこへ。)とききました。
一人は答えていいました。(この「明るさ」を地に撒くの、みんながお仕事できるよう。)
一人はさもさも嬉しそう。(私はお花を咲かせるの、世界を楽しくするために。)
一人はやさしく、おとなしく、(私は清いたましいの、のぼるそり橋かけるのよ。)
残った一人はさみしそう。(私は「影」をつくるため、やっぱり一しょにまいります。)

 金子みすゞは、大日如来の説法をしっかりと捉える。前半三人の「おてんとさまのお使い」は如来の慈悲である。では最後の一人、「影」をつくるため降りてくる「お使い」とは何か?太陽は明るさのシンボルだが「影」を見落とさない詩人の感性の底深さに私は驚愕する。最後の一人・・・これは「死」を与えるお使いではないか。だからこの「お使い」は「さびしそう」なのだ。仏は「生」と「死」を同時に我々に背負わせる。この冷酷にも思える真実を説いているのが大日如来なのだ。

 では「死」は無慈悲なものなのか?詩の四連はここでさらに逆転する。みすゞは「やっぱりいっしょにまいります」と唄う。そうなのだ、「生」が続くかぎり愛別離苦の「苦」もまた続く。だから「死」は「苦」からの解放であり、しかも仏は死の世界まで同行する。誰一人見捨てない。それが「仏と共に在る」という詩になる。このような感性は最高学府出身の上野氏には微塵もない。一方みすゞは山口県の先崎という片田舎で暮らした素朴な女性であった。

第11章 人間の愛と始原と未来と

◆アルフレッド・アドラー(1870-1937)

 心理学者アドラーは「人生の意味は全体への貢献である」「人は全体の一部であり、全体と共に生きている」といった。つまりアドラーのいう「愛」とは「居場所=つながり感覚」のことであり、それを「共同体感覚」と呼んだ。この愛に基づく共存感覚の体験の欠如が精神疾患の根底的な要因であると考えるのだ。
 「共同体感覚」を別の言葉でいえば、相互の「つながり感覚」のことである。これは仏教の「すべてのものは因と縁=つながりによって生起している」という意味での「縁起」の概念と共鳴する。アドラーふうに言えば「因縁生起」は愛を「因」とし愛を「縁」としてつながり広がるということになろう。彼の生涯はこのことを実存的に論じたものだった。

 金子みすゞを思い浮かべながらアドラーの言葉を聴いてみよう。「連帯感や共同体感覚は、子どもの心の中にしっかりと根づいており、機会に恵まれれば家族のメンバーだけでなく、一族や民族や全人類にまで広がることもある。それはさらにそういう限界を超え、動植物や他の無生物にまで、ついにはまさに遠く宇宙にまでひろがることさえある。」(『人間知の心理学』)というのだ。
 真言僧なら即座に密教を連想するのではないだろうか。アドラーに強く影響を受けた心理学者に、あの『夜と霧』のヴィクトール・フランクル(1905-1997)がいる。彼はアウシュビッツの地獄の世界で、人間が私利私欲とは真逆の人間、利他に徹する、いわば「ボサツ」に進化する姿を証明したのだ。これは第6章で書いた夫婦の自己犠牲論とは次元が異なる。自己犠牲の利他にはアドラーのいう利己、即ちエゴが潜んでいる。仏教の自利・利他とは峻別される。
 この世は諸行無常である。この言葉はネガティブな響きに聞こえるが、場合によっては明(希望)にも転じるということではないか。無常とは不確実性のことである。であればこそ、凡人が「ボサツ」に進化することもあるということだ。その基が仏心である。仏心があれば「ボサツ」に進化し、なければ無明のままである。上野氏のように仏心のない社会学者とはいったい何かと考えさせられる。

◆マックス・ピカート(1888-1963)

 『沈黙の世界』でピカートは語る。「始原の世界には沈黙があった。」「沈黙には始めもなければ、また終わりもない。沈黙は、万事がまた静止せる存在であった、あの歴史以前の時代に由来しているものと思われる。沈黙は、いわば創造に先立って存(あ)った永劫不変の存在のようなのだ。」
 「言葉は沈黙から、沈黙の充溢から生じた。」「今日では、人間の存在はただ騒音語のなかからの継続的出現、そうして継続的消滅でしかない。」「騒音語は実に広範に、到るところへさまよい歩き、到底見渡し得ないものであるから、人間は騒音語のなかで、何がどこで始まりどこで終わるか、いや、彼自身がどこで始まりどこで終わるか、まるで勝手がわからない。」

 空海の『秘蔵宝鑰』(ひぞうほうやく)巻の上にある「三界の狂人は狂せることを知らず。四生(ししょう)の亡者は盲なることをこと識(さと)らず。生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで、死の終わりに冥(くら)し」と重なる。ピカートの言葉は今日の情報社会を思わせる。マスメディアによる情報の氾濫、インターネットでは世界の出来事が瞬時に飛び込む。人類は今や片時もスマホを手放せない生活のなかで、始原の世界、「沈黙の世界」を忘れているようだ。空海が喧騒の平安京を離れて草深い高野山に密教の修行地を求めたのも、ある意味、始原の沈黙と対話したかったとも言えまいか。「言葉は沈黙から、沈黙の充溢から生じた」ものならば、空海は宇宙の大いなる沈黙から聖なる言葉を聴きとったに違いない。

◆マルティン・ブーバー(1878-1965)

 ブーバーは、真の「対話」とは聖なるものとの対話であるという。結婚が神の秘蹟だというのも、神が介在するからである。西アジアとヨーロッパでは、紀元前3000~4000年以前はアニミズムが通用していた時代だと考えられている。樹木も川も山も動物もみな「カミ」であった。人々は毎日何度も「カミ」と出会いながら生活していた。みすゞの詩では、葱もトマトもおさかなも、海の底の小石も空の星も、カラスも、たんぽぽも、小っちゃな蜂も「カミ」である。
 かくしてアニミズムでは「母なる大地」として女神信仰が中心的な対象になった。女神は世界のすべてのものをその子宮から生み出したと信じられていた。ちょうど「胎蔵界曼荼羅」の中心におわす宇宙の大日如来のように。そして女神から生まれ養われる万物は、当然の神性をもっていると考えられた。日本でいえば「山川草木悉有仏性」である。有史以前は女性が祭司的な役割を果たしていた。これは世界の多くの地域で見られる。

 やがて女神中心の信仰から男神中心の信仰へと移行する。この変容にはとりわけ金属文化の発展があげられる。鉄器の農具は生産性を上げ、生産物の余剰物は欲望と争いの対象となる。金属の強力な武器もつくられる。部族間の争いをとおして、以前の母系社会から男性優位の父系社会へ移行するようになる。信仰も「大地」ではなく「天」に向かった。結果的には、キリスト教化した西欧社会は、金儲けのために生物や資源を平気で濫用するという「近代化精神」へと発展していったのである。
 ブーバーがよく訴えたように、生の全体的基盤であるはずの「信仰」は文化の隅に追いやられ、それに替わって、人間も自然も金儲けのための材料とみなす「産業革命」の雰囲気が、2回の世界大戦を生み出した。
 注意すべきは、ここで述べたアドラー、フランクル、ピカート、ブーバーは、すべて世界大戦を経験し、心を痛めた実存の思想家たちであることだ。
 ブーバーの思想にとって最も決定的な時期は、自らいうように、第1次世界大戦期間中とその前後である。彼はその中で「日常の聖化」の教えを多くの人に伝えようと努力した。ブーバーによると、日常生活のどんな些細な行為も、宗教心があれば聖的な行為になる可能性をもっているという。その努力から生まれた著書や多くの論文のなかで最もよく知られているのが『我と汝』である。心静かに相手と真に向かい合った関わり方を「我と汝の関係」として描く。こういう関係は、人、動物、自然などのあらゆる存在者との出会いとして可能である。この本は無神論者にとってもわかりやすい言葉で書かれているために、宗教哲学、神学の他に、教育学、社会学などの分野に影響をおよぼしてきたといわれている。しかし欲ボケ社会学者上野氏には影響の片鱗も感じられない。

◆人類の未来

 ブーバーは社会問題などに対して具体的な解決方法、あるいは存在論を提供するのではなく、未来を視野に収めた「方向」を示すことを目的としていた。ブーバーの亡くなった1965年以来、過度の産業化や人間の非人格化がますます進行している。著しい環境破壊や核兵器を含む大量破壊兵器の蓄積を続け、大地のあらゆる生命を危険に陥れている。この破壊的な傾向を逆転させようとする動きは出てはきているが、それが間に合うかどうか、人類に未来があるかどうか、今はその端境期にきているといっていいだろう。

終 章

 私の若い頃からの悩みや疑問は、妻と四国遍路を経験したことが切掛けになって解きほぐされた。人生の意味も少しずつわかってきた。「人間とは何か」という問題意識がもともとあったので、遍路の途中では同じ悩みをもった若き空海と心の中でいつも問答していた。お大師さんは旅路の「空と海と風」の中から密教的な言葉で語ってくれた。おまけに道中さまざまな奇跡にも遭わせてくれた。
 ご存知のように四国遍路は八十八か所の霊場を巡拝し、各札所で祈りをささげる。その長い時間と空間は悩みを持つ人たちへ、自分と向き合う機会と救いをもたらすと思うのだ。将来に不安を持つ若い人たちにはオウム真理教のような邪教が甘く忍び寄り奈落に落とすことがある。しかし教団を脱会すればまだやり直せる可能性はある。老人の孤独は崖淵である。若者と違って後がないだけに、実はもっとも深刻なところに佇んでいるのが在宅ひとり死を待つ高齢者なのである。特殊詐欺事件の餌食になるのは老人単独世帯と相場が決まっている。
 投資の勧誘や、怪しげな新興宗教が近づくこともある。それは宗教の正体を隠してサークルとして、友達グループとして、話し相手として老人のさびしさのなかに侵入する。そして教祖の教義にマインドコントロールされて、気がつけば財産を身ぐるみはがれるということもある。彼らは妙に嗅覚が働き、心に問題をかかえる人間をすぐに発見する。私も若いころ悩んで歩いていた時に二、三度誘われたことがある。
 人間の原初的な恐れは「孤独」である。理論づければこの世に投げ出された「不安」とも考えられよう。人間は母体と分離されたときから、母体との再合一を夢見る。孤独の克服といってもいい。しかし満ち足りたあの子宮に戻ることはできない。だからそれに代わるもの(神・宗教:異性・愛する者)との一体感を求めるようだ。とりわけ宗教の儀式は共同で行われるのが常で、自己の集団への融合という経験によってさらに高められる。一編上人の "踊念仏″もそうであろう。ライブもそうだが、トランスのような高揚した状態においては外の境は消失し、一時的に分離の感情も消え失せてしまう。教団に入信しなかったのは、集団で礼拝する信者たちの姿に違和感を覚えたからである。集団行動の自衛隊には全く感じなかったものが新興宗教にはあった。個人の心の問題を集団で解決しようとするところに私は馴染めなかったのだ。「あの集団が何かキモチ悪い」という上野氏の言い分もわかるが、私の場合はどこか醒めていて酔えないのだ。それが新興宗教に近づけなかった要因のような気がする。自意識が無心の邪魔をするという三島の気持ちも理解できる。

 上野氏を通して無神論者も不安と恐怖に襲われることがわかった。これはしかたのないことだ。人間にとって確かな未来とは「必ず死ぬ」ということで、科学が高度に発達した現代でも「死後」の解明はなされていないからだ。それが上野氏の落ち着かない原因だと思われる。ここで私の思いを語ろうと思う。
 私はどこか落ち着いている。妻も同じ心境である。実際に「死」に直面したらどうなるかわからないが、多分大丈夫だろう。「生」(誕生)がめでたいというのなら「死」もめでたいと思うからである。このふたつは同じことである。この世に生まれ出たことが「この世の旅立ち」あるいは「この世の学校の入学式」なら、「死」は卒業式だと気が付いたからだ。但し、これは「充分生き切った」老人にのみいえることで、若い人たちの「死」は中途退学のようで痛ましい。老人が無事にこの世を卒業し、あの世に旅立つのなら、あの世とはどんな世界か往ってみたくなる。上野氏も、学者としての探究心を刺激されないか?「彼岸などない、宗教は妄想」だとする自己の主張の、命を懸けた証明だ。静かにその時を待てばよいと思う。

 「死」は絶対的な終わり、終焉ではない。終わるのは求不得苦・愛別離苦・怨憎会苦・五縕盛苦の「この世の物語」である。「魂の物語」が新しく始まると思えば騒ぐことはあるまい。私は、上野氏が仏教の本質を学んだあとの「おひとりさまの老後」を読みたいと思う。一休禅師は「正月は冥土の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし」と詠んだそうだが、私には「正月はめでたくもあり、めでたくもあり」という大日如来の声が聞こえてくる。
 無神論者は、宗教の本質に無知のまま自信をもって否定し、積極的に仏教文化やその世界観を破壊する。しかし、人々に救いを提示しないまま、次々新しいテーマに移っていく。そして将来に不安を持つ若い人たちや「死」の不安に怯える老人たちがとり残される。
 8章で上野氏と山折氏の対談について書いたが、宗教を否定的・懐疑的に主張する人に対して、仏教徒側からの反論が少なすぎるのではないか、あるいは上品すぎて手ごたえがない。またひろさちや氏のような世俗的ともいえる仏教論を土台にした著書も放置されっぱなしである。オウム真理教のようなカルト集団による衝撃的な事件もあり、現代の日本では一般の人々の前で宗教を口にするのはためらいがちになる。人々は寺院を本当に悩みの相談や魂の救いの場として見ているのだろうか。
 それは宗教に携わる人たちにも責任の一端はあると思う。ひろさちや氏や上野氏の著書はわかりやすく歯切れもよいので、世の人たちに多く読まれ、広く浸透する。結果仏教の中の唯識や「煩悩と悟りの心理学」、「自由の心理学」という核心部分は人々から遠ざけられる。衆生は不安と悩みの海から救済されないのである。面倒でもひとつ一つ丁寧に反論し、語っていく必要があると思う。
 上野氏のような人々に納得してもらうのは骨も折れるし、爪を立ててくるからこちらが傷だらけになるリスクもある。宗教心のある人間なら共有できることでも「無神論者」、「見えないもの、証明されないものは信じない」、「感性の鈍い人々」をどうやって理解させるか。ガリレオの例や仏教の中の科学に近い要素(唯識学や『声字実相義』)で接近を試みもした。金子みすゞの詩の力にも頼ってみた。哲学までは理解するようなので思想家の言葉も引用した。私の力量ではこれが精いっぱいだ。後は・・・


<お大師さまのことば>

自心に迷うが故に六道の波(なみ)鼓動し、

心源を覚るが故に一大の水(みず))澄静(ちょうじょう)なり。


自分の本来の心が解らないから、いたずらに輪廻を繰り返してしまう。

自分の心の本源を探り覚るならば、心は澄みきって解脱するのである。


虚空に尽き、衆生に尽き、涅槃尽きなば我が願いも尽きなん。

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